第四十五話:強気
本日、花水木家の人々がやけに騒がしい。使用人が、ではない。普段は居ない古堤や他家の人々が騒がしいのだ。その中に当然、千歳や椿達も含まれている。そしてこの騒がしさの原因は次期当主、花水木辰爾の一言である。
「鶯家と接触を取りたい」
辰爾はいきなり突拍子もないことを言い出した。羅水の先日の報告も理由の一つだろうが、辰爾なりに考えていたことがあるようだ。それが和平だった。和平を結ぶ為には、以前のように三家の調和が必要だ。そのために鶯を復興する必要がある。
「兄さん、私、青柳草人と鶯に手を出さないと約束を……」
「手を出すんじゃないさ。接触を取るだけだ」
「でも青柳がどう取るか」
普段より強気な兄に押されて、千歳の声は萎んで行く。隣に居た椿も驚いている。
「皆に鶯の生き残りの居場所を掴んで欲しい」
この言葉を合図に古堤は居場所捜索へ、他家は青柳への備えへ走った。千歳達は忙しなく動く人々を、ただ突っ立って見ていることしか出来なかった。
「どうしちゃったのよ、あの人!」
あの人とは勿論、辰爾のことである。千歳の不満一杯の声が個室に響く。千歳、椿、ついでに松波は邪魔だという理由で個室に押し込められたのだ。
「辰爾殿にもそれなりの理由があるのだろう」
「それにしても急だよな。俺にも人が変わったとしか思えねぇよ」
「青柳のことだってあるし……もうッ!!」
雅の身に危険が迫るのではないかと心配でいる千歳は、辰爾の相談無しの決断に文句だらけだった。椿もそれは了承済みだ。
「さて、わしらは何をするかな」
「松波は鶯の生き残りに会ったことはないの?」
「ないな。もしかしたら、花水木の誰も会ったことがないかもしれん」
「上手く隠れてるな」
「ふーん」
三人の会話が一旦途切れた。千歳はざわめく廊下を覗く。椿は天井を見上げ、松波はお茶をすすった。
「お待たせしました、千歳さま」
足音一つ立てずに現れたのは羅水だ。千歳は慣れているから驚かないが、椿は案の定、肩をびくつかせていた。
「どう? 何か分かったことはある?」
「はい。鶯家の現当主の名が分かりました」
「流石、古堤。仕事が早いな」
「それで名前は?」
個室に一時の静寂が訪れる。そして羅水がゆっくりと口を開いた。
「鶯朱雀」
一人一人がその名を復唱する。皆が自らの頭にその名を覚えさせようとした。
「辰爾さまには既に報告してあります」
「そう、ありがとう」
「羅水、これからどうするつもりだ?」
松波が茶菓子を差し出しながら聞いた。羅水はそれを丁重に断った。
「青柳の動向を見ながら、鶯家と接触を取ります。皆さまは青柳に備えて下さい」
羅水の言葉に三人は深く頷いた。それは彼女達の非日常が再び始まった合図だった。