第四十三話:家出
珍しく昔の夢を見た。まだ私が小学校に通っていた頃の夢だ。その日私は母親に怒られて、泣きながら家の近くの林に入り込んだ。ずっとずっと走って、気付いたら知らない場所に辿り着いていた。そこにはボロボロのコンクリートの建物が在った。好奇心で中に入ってみたが、何もなかった。しかし家出するには良い場所だと思い、壁にもたれかかってしゃがんだ。ウトウトとして、いつの間にか寝てしまった。
「おい、何処のガキだ」
「……誰?」
「こっちが聞いている」
「千歳」
「何でここにいる」
「家出してる」
そこには肩口まで伸びた髪を一つに結んでいる男がいた。少年と言った方が正しいかもしれない。彼はだらしなく学ランを着ていた。
「ヘェ、立派なもんだ」
少年はそう言いながら、懐から煙草を取り出した。私は思わずその行動に目を丸くする。
「煙草は大人にならなきゃ、吸っちゃダメなんだよ」
ブハッと盛大に少年は噴き出して。私の余りにも真剣な顔がおかしかったのだろう。私は訳が分からなかった。
「バーカ! 俺はもう大人だ」
そして少年は小さな声で精神的に、と付け足した。私は嘘つきだと不満に思ったが、それを口に出すことはしなかった。
「あなたの名前は?」
「……ザク?」
「自分の名前、分からないの?」
「ザクだ。というか、ここは俺の所有地だ。出てけ」
「やだ。家に帰りたくない」
「帰れ」
「やだ、帰らない」
ただをこねたら、少年は私を外へ摘み出した。私は尻餅をついてしまった。無性に悲しくなって、涙が出て来た。
「泣くな」
「なっ、泣いてないもん」
「そんなに家が嫌なのか?」
「だって、母さん、私のことばっかり怒るからッ」
しゃくり上げながら、私は必死に訴えた。少年はジッと泣く私を見ている。
「また来ていいからよ、今日は帰りな」
「また来ていいの?」
「ああ」
少年は照れ臭そうに、目を合わさずに頭を掻いた。その後、帰り道が分からないと言ったら頭を叩かれたのを記憶している。
夢を見て思い出した、少年。あれから何度か彼にあった。しかし私が大人になるにつれて、忌児であることを受け入れるにつれて、あそこに行くことは無くなった。彼は一体何者だったのか、知る術は無い。
これで個人スポット編はお終いです。次話は新しい章との繋ぎの話です。