第四十二話:美月
「あ、椿それズル!」
「ズルじゃねぇよ」
「言い訳しない! ルール外じゃない!」
「範囲内だっ」
千歳と椿の二人は椿の部屋でトランプをしていた。当初は松波が修行によく使う山へ、彼等も行ってみるつもりだった。しかし雨の為、中止になったのだ。やることの無くなった二人は神林家でトランプを始めた。
「ねぇ、この前オーサカ君?に話し掛けられたよ」
「……あの馬鹿、何やってんだよ」
「馴々しく話し掛けて来たよ」
「そういう奴なんだ」
ふーん、と千歳は興味を無くしたようにトランプを切る。するとコンコンと扉を叩く音が聞こえた。途端に椿の姿勢が良くなる。千歳はそれを横目で見ている。
「椿さん、椿さん、少しいいかしら?」
「どうぞ」
中に入って来たのは椿の母親、美月だ。千歳の母親の葉月と美月は姉妹である。美月は紫色の背景に白い花のついた着物を着ていた。抹茶と上品な和菓子を持っている。
「千歳さま、こんにちは」
「お邪魔してます」
美月が頭を下げるのを見て、千歳も慌てて同じようにする。その様子を見て、美月は微笑んだ。それから千歳と美月は世間話を始めた。時々笑い声も聞こえる。椿は会話の中に入らず、それをジッと見ていた。そしてやっと口を開いた。
「……お母さん、そろそろ」
「ああ、ごめんなさいね。千歳さま、ごゆっくりなさって下さい」
美月は軽く会釈をして、部屋を出て行った。再び部屋には千歳と椿だけになった。
「悪いな」
「え?」
「五月蠅い母親でさ」
「そお? おば様、母さんと似てるからかな、話すの嫌じゃないよ」
千歳と葉月の関係は最早親子ではない。世間話をすることなど有り得ないのだ。少し照れながら話す千歳に椿はわざと大きく溜め息をついてやった。
「千歳さまは馬鹿だねェ」
「はぁ? どうしてよ?失礼ね」
「ホラ、さっさと続きをやろうぜ」
千歳は憤慨しながら、トランプを再開した。椿の顔は何故か厳しかった。しかし千歳はそれに気付かない。
「椿さん、千歳さまはお帰りになったの?」
千歳の見送りから戻った椿に美月は声を掛けた。
「帰りましたよ」
「そう。あのね、椿さん、一つ言っておきたいことがあるの」
「……何ですか?」
「千歳さまを余り家に呼ばないで欲しいの」
椿の、母親を見る目が少しずつ冷たさを帯びて来る。しかし美月はそれに気付かずに続ける。
「千歳さまが恐いの。お姉様に頼まれて、椿さんの許婚の件を受けたのだけれど……」
「……」
「ねぇ、椿さん? 貴方には第二の人生があるのよ。千歳さまに余り思い入れしない方がいいわ」
「お母さん、そんな風に言うのは止して下さい」
「椿さんは優しいから。でも……」
「止めてくれ!」
椿の怒号が響き渡る。美月はビクリと肩を震わせた。驚きで話すことが出来ない。家での椿は親孝行の息子なのだ。
「もう二度と、そんなことを言わないで下さい」
身体を背けて、椿は美月の元から離れた。美月は止める手を伸ばすことも出来ず、ただその場に立ち尽くしていた。
今回は花水木家内での千歳の立場を表す話でした。次は千歳の過去の話です!