第四話:四人
「早月松波、只今戻りました」
花水木家の広い玄関で非常識な大声が響く。千歳がその声に気付き玄関へ向かうと、風呂敷を持った和服の男が堂々と構えていた。
「相変わらずね、松波」
「千歳殿もな!」
同じように暮らして来た筈なのに、彼の話し方はどうも昔染みている。これは昔から変わらない松波の癖だ。
「これは土産だ。辰爾殿は?」
「兄さんなら自室で休んでると思うよ」
そうか、とニコリと笑った。松波の笑顔にはいつも癒される。千歳より何十センチも背が高いのに、笑うと子供みたいに見えるのも理由の一つだろう。
「椿も元気か? 羅水には先日会ったのだがな」
「元気よ。この前二人で松波の噂をしたばっか」
そうか、と豪快に笑う。松波は清々しい人間だ。松波は千歳より八歳程年上で、千歳は松波を小さい頃から兄の様に慕っていた。
「では、また後でな」
手を振って、千歳は自室へ戻った。そして部屋の中の小さな扉を開ける。昔からこの中に大切なモノを入れていた。中から取り出したのは、装飾された小刀。花水木の宝刀『花鳥』だ。普段は持ち歩くような事は決してしないのだが、今回は例外である。呪われた一族が集まった。闘いが始まる前兆だ。
その夜、私が部屋で学校の宿題をしていると、いつも通り窓を鳴らす音がした。今回は一度で窓を開けると、案の定羅水がいた。
「千歳さま、青柳の襲来は近いです」
いつもと違う彼の低い声が私の身体の中で響く。私の返事を聞かずに羅水は続けた。
「僕の予想では一週間後。お心の準備を……」
羅水は畏まって、軽く会釈をした。手にはクナイを持っている。古堤が昔から使っている武器だ。
「解りました。明日、椿と松波を屋敷に集めて」
「畏まりました」
羅水は音も立てずに部屋を去った。何度見ても忍のようで、そう言う度に羅水は否定した。いよいよ非日常の世界へ戻らなければならない。戦う覚悟は初めての仕事の時に決めてある。私は部屋の電気を消し、道場へ向かった。
翌日、数ヶ月かぶりに四人は集まった。辰爾を中心に円を作る。辰爾は着物を来ていた。それは真っ黒な着物で、花水木の花の刺繍が施されている。これが花水木家の正装だ。
「みんな元気そうで何よりだよ」
辰爾の言葉に椿、羅水、松波、そして千歳も頭を下げた。少しだけ談笑をしてから本題に入る。
「青柳の襲来の日は近いです。辰爾さまの護衛には、早月さんに付いて貰います」
淡々と羅水が任務の割り振りをする。部屋の中は羅水の声しかしない。
「千歳さま、神林さんは奇襲に備えて下さい。千歳さまは辰爾さまの部屋の前を、神林さんは北門をお願いします」
急に雨の音がし始めた。どうやら土砂降りらしい。
「僕は南門を護ります」
一時間後、彼等は解散した。各自の手には、それぞれの武器が握られていた。