第三十七話:親友
「君を殺すのは止めにしたよ」
草人のいきなりの発言に雅は驚き、目を見開いた。草人は雅の方を見ない。
「君想いの親友に感謝するんだね」
「……親友じゃないのよ」
「へぇ、じゃあ花水木千歳に」
棒読みのように言う草人に雅は苦い顔をした。草人は淡々と続けた。
「俺は大切にされてるからね、当分は親父も我が儘を聞いてくれるだろう。その間は心配ない」
「そう」
「その後は知らないよ。でも雅ちゃん……」
そこで草人は初めて雅と目を合わせる。微かに微笑みながら。
「知ってるの、ね。私がどうするつもりか」
「勿論。面倒だなって思ってるよ。また敵同士だ」
雅も笑う。草人と違うのは声を出して笑っている所だ。
「そういう運命なのよ」
そう言うと、草人はようやく本気で笑い出した。
千歳は何気なく裏庭に行ってみた。雅との思い出の場所だ。もしかしたら雅も来るかもしれない、という僅かな期待があった。
「千歳」
振り返るとにこやかに手を振る雅が居た。千歳は思わず笑顔になる。それを必死に隠そうとした。雅はその様子を見て、クスクスと笑った。
「笑わないでよ、もう!」
「ごめんごめん。今日は千歳に話したいことがあるんだ」
「話したいこと?」
千歳が首を傾げると、雅が小さく頷いた。そして姿勢を正す。
「私、学校をやめようと思うの」
「……え?」
「千歳は私の両親が灯だったこと、知ってるのよね?」
「うん」
「鶯家の人が今回の件を聞き付けたみたいで、私を引き取ってくれると言うの」
「雅を? 鶯が?」
「灯として」
千歳がハッとした顔になる。鶯は新たな灯を探していたのだ。しかし灯の仕事も簡単になれるものではない。修行が必要なのだ。学校に行っている暇など無いだろう。
「……私と同じ世界に生きるのね」
「そうね。実は小さい頃から足は突っ込んでいたんだけど」
そうだね、と千歳は笑った。しかし雅は少し強張った、悲しそうな顔をする。
「私、千歳が花水木の人間だと知って近付いたの。……ごめんね」
千歳は雅の言葉に驚くことなく、少し微笑んだ。
「雅の両親の話を聞いてから、何となく気付いてた。いいよ、私、雅と友達になれて良かったもん」
「……親友、でしょ?」
雅が意地悪く笑ってみる。千歳は初め、口をポカンと開けていたが次の瞬間、照れを含んだ笑みを浮かべた。
「うん」
「頻繁に連絡取るから」
「うん」
「今度は違う世界で」
雅は何か吹っ切れたような顔をしている。彼女はこれから両親の死の謎や三家の関係を知って行くのだろう。そう考えると、千歳は雅の決断を応援するしか出来なかった。
これで春日井雅編は完結です。次話からは個人にスポットを当てていきたいと思います。