第三十六話:条件
雅を護っているのは私一人だけじゃない。
それを改めて感じてから、私はようやく冷静になれた。周りがちゃんと見えるようになった。今まで気付かなかったことに気付いた。椿が動いている、それはそれは上手く、賢く。今朝も椿が雅に会いに行ったのを知っている。後を付けていたのだ。しかし口出しをしなかった。私がいては雅が話さないことを、私は分かっている。けれど情報は掴んだ。私に出来るのは、これらを上手く利用することだ。
「少し話があるの」
草人を呼び寄せるのは、いつの間にか習慣となっていた。草人も慣れたように屋上へ向かう。
「今日は何の話かい?」
「雅を殺してどうするの?灯だったのは彼女の両親よ。雅は関係ないわ」
「随分と情報を持っているんだね」
驚いた、といった顔をする。しかし何処かわざとらしい。私は一々反応するのを止めて続けた。
「青柳は雅が鶯の生き残りの居場所を話すんじゃないかと思ってるんでしょ?」
「へェ、そこまで知ってるんだ」
「ハッキリ言っておくわ。花水木はそんな情報、必要としていない」
ジッと草人を見ると、草人も私を見返す。私達は睨み合う形になった。そして草人はフッと笑った。
「……俺だって雅ちゃんを暗殺なんかしたくないさ」
「え?」
「俺が青柳当主に掛け合おう。その代わり一つ条件がある。鶯に手を出すな、もし手を出したと分かれば、春日井雅の生命はない」
「……手を出すつもりなんか毛頭ないわ」
草人は再び笑い、屋上を去った。私が怪訝そうな顔でいると、背後から声がした。
「千歳さま」
「羅水? え、どうして学校に? うわ、学ラン来てる」
「千歳さま、その反応、何か傷付きます」
羅水はガクリとうなだれる。彼は高校の制服を着ていた。周りから怪しまれないようにだ。羅水の黒い服以外を着ている姿は珍しかった。
「どうしたの?」
「いえ、私が来る必要は無かったようですね」
「?」
「辰爾さまには僕から伝えます。鶯に手は出さない、と」
私は思わず苦笑する。雅を護る為とはいえ、勝手に草人に約束してしまったことを少し後悔している。花水木家の方針を決めるのは兄なのだ。
「母さんに叱られちゃうわね」
「それはないぜ」
今度は屋上の入口から声がする。そこには壁にもたれかかった椿が居た。その顔はニヤけている。
「辰爾さんに了承は取ってある。花水木は鶯に手を出すつもりは、ない」
「椿、意外と頭良かったのね」
「うるせ」
ケッと椿が悪態を付いた。羅水は二人を見て、溜め息をつく。
「……草人がね、雅を殺したくないって言ったの」
「聞いていました」
「草人がまだ動けなかった理由は、それか」
私が独り言のように呟くと、椿が直ぐさま反応した。
「お前……朝、俺を付けてたのか!?」
「まだまだ甘いわね」
私はクスリと笑ってやった。椿は悔しそうな顔をする。やっと椿とのわだかまりが溶けたような気がして、私は心の中で安堵の息をついた。