第三十五話:早朝
椿は事前に調べておいた雅のマンションの前で、彼女を待っていた。まだ朝早いために人通りは少ない。しかし雅はやって来た。
「おはよう、神林君」
「おはよう。朝早いんだな」
「神林君こそ。お迎えありがとう、と言うべきなのかな?」
そう言いながら、雅は苦々しく笑う。椿は二度、首を振った。
「その必要はないさ。俺は君に聞きたいことがあって来ただけなんだから」
「……何も教えることはないわ」
「そうかな? 君の両親が何だったのか、知ってるんだ。色々と知らない筈がない」
雅はハァと溜め息をつく。椿はその様子をただ見ている。
「言い直す。神林君に教えられることは無いの」
「生命を狙われているから?」
「そうよ、決まってるじゃない」
雅はそう言うと、身体を椿と反対側の方向に向けて歩き出した。椿は動かない。
「君の行動を、つけさせていたんだ」
「え?」
「鶯家に行っただろう?途中で見失ったらしいが、多分そうだ」
「……」
「生き残りにあったんだろ」
雅は歩くのを止めたが、椿の方を振り返る気配も無い。ただ下を向いている。椿は続けた。
「俺達は鶯家をどうこうしたい訳じゃない。ただ君を護りたいだけなんだ」
「結構バレバレなのね、私」
「青柳草人と昔、何処で会ったことがある?」
ふぅ、と雅が一息入れる。そして大きく深呼吸する。次に椿の方を向いて、苦笑した。
「鶯家よ。青柳が鶯家に圧力をかけに来た日に」
そしてゆっくり歩き出す。小石を蹴飛ばしたり、しゃがんでみたりする。
「あの時は青柳はいい人達だと思ったの。親から何も聞いて無かったから。青柳君も一人で遊んでた私と仲良くしてくれたし」
「草人が何故付いて来たんだ? 戦にも参加させないのに」
「分からない。ただ彼は今と全然違ったわ。もっと素直で純粋な感じだった」
「子どもだし、な」
「そう思うけど、少し違うとも思うの。完全に違う人みたいだったのよ」
「草人とは二人で遊んだだけ?」
「ええ」
そうか、と呟くと椿は空を仰いだ。雅はそれを見ている。二人の間に沈黙が生まれた。
「ありがとう」
椿がそう言うと、雅は不思議そうな顔になった。
「もう、いいの?」
「良くはないけど、今日はいい。草人も動けないし、焦ってはないよ」
「青柳君が動けない?」
「ああ」
「どうして?」
「うーん、笑われるかもしれないから止めておくよ」
自分自身で笑いながら、椿は学校に向かって歩き出した。それを雅は納得いかないといった顔で追い掛ける。