第三十四話:動揺
あれから自分がどういう行動をとったのか、全く覚えていない。とにかく動揺していて、気が付いたら家に居た。使用人曰く、椿が連れて来てくれたらしい。雅は無事なのか、心配なのに何も出来なかった自分が悔しくて仕方ない。
「鶯家の生き残り、か」
椿は辰爾と机を挟んで、向かい合わせに座っていた。椿は小さく頷く。
「噂では聞いていたが、まさかまだ現役だとは、ね」
「青柳は花水木にその居所を知られたくないんだ」
「……何か企みでもあるのかもしれないな」
辰爾は顎に手を当てながら、少し黙る。椿は出されたお茶に手を出した。
「春日井雅は生き残りに会ったことがあるみたいです」
「それが千歳の友人なんだね?」
「はい」
「せめて学校では普通の子でいさせてあげたいのに」
辰爾が独り言のように言った。その顔は悲しそうだった。
「いつになく動揺していた」
その言葉に、椿は先程の千歳を思い出す。確かに尋常では無かった。青柳との戦いの中でも、ああなることは無かったのに。
「……辰爾さん、貴方は鶯の生き残りの居場所が分かったら、どうしますか?」
椿は一番大切なことを聞く。鶯家が復興することは、青柳にとって邪魔になる。青柳は三家の頂点に立ちたいのだ。同じように花水木も考えるならば、鶯家と関わるのは止めようと椿は考えていた。
「私は、昔のように調和の取れた関係に戻りたいと思っているよ」
「安心しました。じゃあ、俺も遠慮無く動かせて貰います」
そう言って、ペコリと頭を下げてから椿は立ち上がり、部屋を出ようとした。するとふと思い出したように、その後ろ姿に辰爾が呟いた。
「そういえば、家の倉庫から鈴蘭が消えたと誰かが言ってたな」
「……」
「これが終われば戻って来る気がするけれどね」
固まる椿の背後で面白そうに笑う辰爾の声が聞こえる。全てお見通しだったようだ。椿はガクッと肩を落として、部屋を出て行った。
私は雅から目を離した満湖に当たり散らした。満湖は何も言わずに、ただ頭を下げていた。荒い息が落ち着いた時、やっと目が覚めた。至らなかったのは私自身だ。
「……ごめん。悪いのは私だわ」
申し訳なくなって満湖に謝ると、満湖は真剣な目付きでこちらを見た。
「春日井さまから離れたのは故意です」
「どういうこと?」
「春日井さまには青柳草人と会う必要があったからです」
「知ってる。でも、もしものことがあったら、どうするつもりだったの?」
「もしもはありません。その自信はありました」
「……そっか。そうよね、ごめん、取り乱して」
私だけで戦っている訳ではないのだ。椿がいて、羅水がいて、満湖もいる。私が出来ないことを彼らがしてくれる。忘れてはいけないことを忘れていたのだ。