第三十話:困惑
「青柳草人は春日井雅がコンタクトを取ってくるのを待っているのです」
「それを春日井雅本人も知っている」
「言いにくいのですが、もしかしたら春日井雅は千歳さまを裏切るかもしれない」
羅水の報告内容が頭から離れない。今日の羅水はいつもより、ハッキリと自らの意見を言った。普段自分がどれほど気を遣わせているか、反省したくなる程だ。
「……」
自室内には静寂と、それを破るような溜め息しかない。私はベッドの上で俯きになって寝転んでいた。枕に顔を押し付ける。
どうして椿が私に教えてくれなかったのか、今更になってよく分かる。私はいつまでたっても、周りの優しさに甘んじている。
雅が私を裏切ることなんか無い。ずっと、ずっと友達なのだ。親友にはなれないけれど、彼女の友達ではいられると思っているのだ。
青柳草人に確かめなければ。私は心にそう決めて、部屋の電気を消した。
羅水は神林家の門に寄り掛かって立っていた。そこへ椿が現われた。
「よぉ」
「遅いぞ。お前と違って僕は忙しいんだ」
「いちいち細かいんだよ」
口を尖らせながら椿がブツブツ言う。羅水は盛大に溜め息をついた。
「さっさと終わらせる。聞き逃すなよ」
羅水はスラスラと千歳に報告したのと同じ内容を椿に伝えた。椿は真剣な面持ちだ。報告が終わり羅水が一息ついても椿は何も言わなかった。
「……春日井雅は明日にでも青柳と接触するな」
椿はボソリと呟く。羅水は小さく頷いた。
「その前に千歳さまが動くだろう」
「……だな。感情的にならないといいんだが」
椿はハァ、と付け足す。千歳の弱点を良く理解しているのだ。
「……いざとなったら僕も動く」
「は?」
「春日井雅に直接、言わなければならないことがある」
「……そうか」
既に羅水は椿のことを見ていなかった。遠い目をしている。
「じゃあな」
そう言うと、次の瞬間にはもう羅水の姿は無かった。椿は苦笑いし、頭を掻きながら玄関へ向かった。
とうとう三十話目です。春日井雅編が長引いてますが、最後までお付き合い頂けたら光栄です!