第三話:兄妹
兄はいつも独りだ。
幼心に私はそう感じた。周りにお付きの者がチラホラいるけれど、兄は常に寂しそうな顔をしていた。それは今でも変わる事はない。
「兄さん」
私は兄を“辰爾さま”と呼ばない。母に強制されてはいるが、そう呼ばない事で私は兄の“妹”でいられる。私は兄の家来ではない。
「……珍しいね、こんな夜更けに」
兄はゆっくりとコチラを振り返った。そして私と目が合うと少し微笑んだ。
「うん。また暫く護衛が付きそうだから、その連絡に」
「そう」
「敵が本格的に動き出したら、私が付くからね」
「分かった」
兄の容姿は美しい、と言えるだろう。漆黒の髪は夜の闇の様で魅せられる。綺麗に整った顔立ちに華奢な身体。滅多に家から出る事のない兄だが、一度街を歩けば振り返らない女の子はいない。
「それだけ。おやすみなさい」
立ち上がると兄と目が合う。普段は兄の眼を極力見ないように努める。思わず吸い込まれそうになるからだ。
「千歳、気を付けて」
「……兄さんこそ」
私は素っ気無い言葉を残して部屋を出た。私の髪は兄と違って、淡くくすんだ茶色をしている。染めた訳じゃなくて、生まれつきそういう色なのだ。それに併せて灰色の眼をしているものだから、兄と私が兄妹だと一目で判る人はほとんどいない。一族の中でも私だけ。此が証だと、みんな知っている。
「オイ、千歳!」
千歳が門を出た途端に顔を合わせたのは椿だった。思いっ切り不機嫌な顔をしている。
「珍しいじゃん。椿がここに来るなんて」
「文句言いに来たんだよ。お前んとこの忍に」
「あのね、古堤は忍じゃないわよ?」
「同じようなもんだろッ」
椿は苛々と頭を掻いた。そしてキョロキョロと回りを見渡す。
「羅水なら居ないわよ。私が仕事を頼んだから」
椿はチッとわざと大きく舌打ちをした。千歳は椿を追い越し、さっさと歩き出した。それに椿も続いた。
「そういや、松波は?最近会ってねェな」
思い付いた様に椿は口を開いた。
「何か山奥で修行してるらしいよ」
「やっぱバカだ、アイツは」
はは、と二人で笑う。一緒に登校していると付き合っているのか、と勘違いされる事が多々ある。しかし二人はそんなに生ぬるい関係ではない。
「あ、あと5分で遅刻だ」
時計を見ると本鈴まで数分しかなかった。千歳と椿は必死に教室に向けて走った。