第二十八話:自己嫌悪
今回は辰爾視点です。
私はただ、怖かった。
私が呪いをとくことで、傷付く者がいることが。
加害者になれなかった。
だから、今もまだ誰かが苦しんでいる。
「兄さん」
千歳の声が私の背後で聞こえた。私はゆっくりと振り返る。そこには制服姿の妹がいた。表情はいつもより険しい。
「どうしたんだい?」
「……どうして椿に教えたの?」
ずっと気になっていたことを、やっと聞けたというような顔をする妹に、私は思わず笑みが零れた。しかし余程本気なのか、それを咎める様子が彼女にはない。
「何のことを?」
「青柳草人のこと」
「それは初耳だ」
千歳がハッとするのに気が付く。花水木家の者は、私から刺激的なモノを取り除こうと常に必死だ。だから私に青柳の情報が与えられるのはいつも最後だった。対処法を練ってからなのだ。
「青柳が絡んでいたのか。だから千歳はそんなに血相を変えているんだね」
「じゃあ、椿には何を教えたの?」
彼女の声が小さくなった。自らの失言に焦っているのだろう。
「私はただ、悪い予感がすると彼に伝えただけさ。後は椿が自分で調べたことだよ」
「椿が? 自分で?」
「あぁ」
千歳は怪訝な顔をして、何度も同じ質問を繰り返した。千歳は知らないのだ。自分がどれほど、彼らに大切にされているのか。彼らが千歳の為に、どれほど必死になれるのかということを。彼女をそうしてしまった自分に、また自己嫌悪が走る。
「千歳は大切にされているね」
「まさか!」
直ぐさま否定し、礼を告げると千歳は居間へ向かった。私はただ、その後ろ姿を見送るしか出来なかった。