第二十七話:鈴蘭
古堤は花水木家の直属の部下だ。そのために、神林家を始めとして分家と関わることは余り無い。椿と羅水もそうだった。しかし今日は普段と違った。
「……何の用だ」
黒に身を包んでいる羅水はブスッとした顔で言った。彼の前で椿が同じような顔をしている。
「お前に頼みがある」
「はぁ? お断りだ」
「ちゃんとした手順は取った筈だぜ」
椿がニヤリと笑うと、羅水はキツく椿を睨んだ。心底嫌そうだ。
「母さんにコレ、借りるの苦労したんだ」
ヒラヒラと羅水の前でちらつかせたのは、一枚の和紙だ。かなり古く、ボロボロになっていて今にも破れそうだ。
「神林の俺がお前らを使える方法を遺して置くなんて、さすが俺のご先祖様」
椿が持つ和紙には楽譜のようなモノが記されている。
「どうやって“鈴蘭”を手に入れたんだよ」
「ちょっと拝借」
椿はペロリと舌を出した。すると羅水は思いっ切り不快な顔をした。“鈴蘭”とは小さな白い横笛のことだ。鈴蘭の音は古堤にだけ聴こえる。これを所持する権利を持つのは花水木家で、鳴らす権利を持つのがその他の家だ。つまり花水木の許可あって、初めて古堤を使えるのだ。
「下手くそな笛を鳴らしやがって!」
「神林家の曲って、やけに難しいんだよな」
ポリポリと椿が頭を掻く。羅水は盛大な溜め息をつき、そして体勢をきちんと整えた。普段、千歳に接するのと同じような姿勢だ。
「仕方ない。用件は?」
椿の瞳も鋭くなる。少し挑戦的だ。
「俺に、千歳に与える情報を漏れなくくれ」
「……情報を?」
羅水の表情が強張る。椿は黙って、頷いた。
「千歳は一人で無茶しかねない。何も知らなければ、それを食い止めることも出来ない」
「千歳さまを護る為、という訳か」
「ああ。古堤は表立って動けない。だったら俺が動くしかないだろ?」
羅水は椿を驚きの目で見た。しかし椿はそれを気にすることはない。