第二十五話:表情
私は雅と“親友”になりたかった。それは今でも変わらない。でも知ってしまった。許されることでは無いということを。
「雅」
彼女の名を呼ぶと、雅はクルリと振り返った。その顔色は僅かに青く、普段よりも元気が無かった。痛々しい。
「千歳」
雅の覇気の無い声を聞くと、胸が痛んだ。私は、本当は雅を非日常に巻き込みたくなかった。
「あのね、話があるの」
「なぁに?」
「昨日の続き」
「……分かった」
雅の顔付きが真剣になる。私もつられるように、真面目な態度になった。
「これ……家に居る時に気を付けて欲しいこととか書いておいたから、読んで」
護身術などを書き留めたノートを雅に渡す。
「ありがとう。すごいね、千歳、こんな意外な面があったとは知らなかったな」
私は苦笑いする。言っていなかった、隠していたのだから当然だ。
「今日、転入生が来たでしょ?」
「あぁ、水川さんね」
古堤には本来、苗字は無い。しかし潜入にあたって、満湖は“水川”という名を与えられていた。
「そう。あの子、私が頼んだ助っ人なの」
「水川さんが?」
「だからいつも近くに居て。彼女が雅のこと、ちゃんと護ってくれるから」
雅は黙って、ただ小さく頷いた。雅にほんの少し、安堵の表情が見えた気がした。そして私は携帯電話を取り出して、満湖を呼んだ。すると直ぐに満湖は姿を現した。雅は驚いた顔をしていた。
「満湖です。春日井さま、よろしくお願いします」
満湖は丁寧な言葉で雅に挨拶をした。しかし、周りに不審がられないように、いつものように頭を下げることはしなかった。
「え、あ、はい。こちらこそお世話になります」
雅はあたふたしながら対応した。その様子がおかしくて、私は噴き出してしまった。雅はそれを発見して、頬を膨らました。
「千歳さまも、あんな風に笑うことが出来るんですね」
雅を家まで送った帰り道に、満湖がボソッと呟いた。私はゆっくり満湖の方を見る。
「……時々ね。意外でしょ?」
「正直、意外です。千歳さまはいつも無表情な印象がありますから」
「……満湖、無理に名前で呼ばなくていいよ」
満湖はハッとした。私は苦笑する。何となく、満湖が無理に“千歳”と呼んでいるような気がしたのだ。
「いえ、上に叱られますので」
「羅水が? そんなことで怒るの?」
私が不思議そうに問うと、向こうはコクンと頷いた。
「……気を遣わせてるのね」
私が何気なく言うと、満湖は今までで一番驚いた顔をしていた。