第二十四話:満湖
翌日、満湖は雅のクラスに転入して来た。花水木家は昔からこの地域に権力を持っているために、多少の我が儘が利く。
「春日井さんのクラスに転入生が来たみたいだね」
草人がニヤリとしながら千歳に話し掛けて来た。千歳は少しドキリとしながらも、何ともない風を装って、ただ、ふぅん、と相槌を打った。
「転入生同士、仲良くなりたいなぁ」
「相手が迷惑」
「花水木さんはつれないね」
草人は大袈裟に肩をすくめた。千歳は気にせず、黙々とノートを写していた。草人はそれを覗き込んだ。
「それ、何だい?」
「ノート」
「それは分かるけど……」
「敵に言う程、私は馬鹿じゃないのよ。お生憎様」
草人をチラリとも見ずに、千歳は作業を続けた。草人も飽きたのか、自分の席へ戻った。千歳はそれを確認し、シャーペンを置いた。そのノートの下には、もう一冊、ノートが開かれていた。そちらには色々と作戦らしき内容が書かれている。後で雅に渡そうと思って準備してあるのだ。千歳は安堵し、そして二冊のノートを鞄に戻した。
「満湖、お前まで動き出したのか」
椿は窓の手摺にもたれかかりながら、溜め息混じりに言った。満湖はコクンと頷く。
「千歳さまって、ちょっと軽率だわ。怪しまれると思わないのかしら?」
「アイツは心配し過ぎると、周りが見えなくなるからな」
「羅水さまも神林さまも、忌児さまを甘やかし過ぎよ」
椿は急に黙って、満湖の方を見た。満湖は不思議そうな顔をする。
「いつもそう、呼んでるのか?」
「嫌になっちゃう! 気にしてるのは貴方方だけですよ」
そう言うと、満湖は椿の側から去ろうとした。
「神林君!」
廊下の向こうから、瑶子が手を大きく振りながらやって来た。満湖は瑶子を見てから、チラッと椿の顔を見た。
「いい所にいた! ちょっと頼みたいことがあるの。今、大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫ッスよ! すぐ行きます」
「ありがとう」
瑶子はニコッと二人に笑い掛けると、その場を忙しそうに去って行った。満湖は何も言わずに、ジッと椿を見ている。
「……何だよ」
「優しいのはいいけれど、突き放さないとあの人はずっと、動けないまま」
満湖は更に口を開き掛けたが、何も言うことなく、自分の教室に戻って行った。