第二十話:雅
春日井雅の生命が狙われている、と知った時、正直私はとても焦った。顔も知らないような学生ならまだいい。初めから護衛目的で近付けばいいのだ。しかし友達となると都合が悪い。これ以前の付き合いも、これ以降の付き合いもある。しかも私と雅は少し気まずい雰囲気になっていたから、尚更だ。
雅の居る教室に、千歳はぎごちなく入って行った。一番後ろの窓際の席に座っている雅は、何をするでもなく、ただ外を見ていた。千歳はそれを見て、少し立ち止まった。いつになく緊張しているのだ。大きく深呼吸をして、一歩ずつ窓の方に近づいた。
「雅」
千歳が雅の席の隣に立ち、小さな声で名を呼ぶと、雅は黙って千歳を上目遣いで見た。
「千歳」
千歳は久し振りに懐かしい声が自分の名前を呼ぶのを聞き、僅かに照れた。
「どうしたの?」
「え、えと、み、雅と久し振りに話したくて……」
千歳は盛大にどもった。クスリ、と雅は笑う。護衛の為の必要性もあるが、雅と仲直りしたいというのも確かな理由の一つだった。
「変なの。とってもいきなりね」
「ごめん」
「何で謝るのよ?」
「……何となく?」
雅はプッと面白そうに吹き出した。千歳は笑われたことに頬をほんのりと紅くした。それを見て、雅は更に笑った。
「雅ぃ!」
千歳は紅い顔で、恨めしく雅を睨んだ。
「ごめん、ごめんってば!」
「相変わらずなんだからっ!」
笑いながら謝る雅を見て、千歳は盛大に溜め息をついた。しかしその直ぐ後には頬が弛んでいた。
「でも、ほんといきなり。どうしたの?」
「……雅に話さなきゃいけないことがあって……」
「話さなきゃいけないこと?」
「うん。だから今日の放課後、ちょっといい?」
雅は少し唸った後、真っ直ぐ千歳を見て、言った。
「分かった。いいよ」
「ありがとう」
千歳はヒラヒラと手を振って、雅の席を離れた。