第十九話:報告
次第に暑さが増した夜に、羅水はいつものように窓を叩こうとした。しかし今夜は普段と様子が違う。千歳の部屋の窓が開いているのだ。
「千歳さま?」
羅水は窓に片足を乗せ、のそりと中を覗いた。室内には、真剣なまなざしをした千歳がいた。
「千歳さま」
次は優しく声を掛けた。肩をビクリとさせる彼女から緊張が伝わる。羅水は思わずクスリと笑ってしまった。
「……何よ」
「いえ、すみません」
千歳は少し頬を赤くして言った。羅水はまだ笑みを抑えきれない。口元が勝手に緩んでしまうのだ。
「羅水、さっさと報告!」
からかわれている、と感じた千歳は口を尖らせて言った。羅水は、はい、と言ってから片膝をついて正式な姿勢を取った。
「春日井雅について調べて来ました」
そして羅水は雅の情報を話し始めた。
春日井雅は中学二年生の時に両親を事故で喪った。警察はただの交通事故だと決めつけて処理したが、何故か雅は殺人を叫び続けた。しかし殺人に結び付けられる決定的な証拠が見つからなかったために、雅の主張は退けられた。彼女は両親の死により天涯孤独となり、進学ではなく働く道しか残されていなかった。しかしその時の担任の親身な協力と本人の努力のお陰で、奨学金を得て通学することが出来た。そして千歳とも知り合ったのだ。
「春日井雅に謎が多いのも確かです」
羅水は下から千歳をジッと見ながら言った。千歳はつい難しい顔をしてしまう。
「謎、ね」
「そもそも春日井雅の両親の出自が全く分からないんです。千歳さまは何か聞いていませんか?」
千歳は話を振られて、黙って考え始めた。必死に雅との会話を思い出す。
「……確か、どちらの祖父母にも会ったことがないって言ってたわ」
「やはり。少し思い当たる節があるので、もう一度調べてみます」
ペコリと羅水は頭を下げた。千歳はうん、と頷く。
「それより、青柳草人の方はどうなのですか?」
「特に目立った動きは無いけど……気分は最悪。久し振りに苛々するわ」
「へぇ、珍しいことばかりですね」
羅水は噴き出しそうなのを抑えながら言う。身体は微かに震えている。それに気付いた千歳はムッとする。
「何よ、今日はやたらと突っ掛かるのね!」
「いえ、不謹慎なんですが、久し振りに積極的な千歳さまを見るもので」
千歳は羅水の言葉を聞いて、複雑な表情をする。羅水の言葉の意味を読み取ろうとする。羅水はそれを微笑ましく思いながら、部屋を出て行った。彼女には自分の運命を前向きに考える力も必要なのだ、と羅水は考えている。