第十七話:助言
春日井雅という人間を、千歳はよく知っていた。彼女は千歳の数少ない友人の一人だ。
千歳は学校にいる時に隠し持つ為の武器の手入れをしていた。千歳はいつもそれらを身に着けている。日常の世界も、彼女にとって安全だという訳ではないのだ。現に草人の件もそうだった。黙々と刃を磨いていると、コンコンと扉を叩く音がした。
「千歳、ちょっといいかな?」
「……うん」
部屋の外からしたのは辰爾の声だった。千歳は少し驚きながらも、辰爾を部屋の中へ入れた。辰爾は寝間着姿だった。
「兄さん、用事があるなら私が兄さんの部屋へ行ったのに……」
「いや、たまにはいいさ」
千歳は辰爾に椅子に座るように勧めた。辰爾はそれに従った。
「どうしたの?」
「決断しなければいけない時は、決して迷ってはいけないよ」
「?」
「千歳は優しいから、辛いこともあるかもしれない」
辰爾はいつもよりも強く、千歳を見た。千歳は兄から目を離すことが出来なかった。
「決断の時は一瞬だ。悩んでいるのを待ってはくれない」
「……」
「それだけだよ。夜遅くにすまないね」
辰爾は椅子からゆっくり立ち上がった。千歳はその行動をただ見つめている。何も言わなかった。
「おやすみ」
辰爾が部屋を出ようとした時、千歳は声を掛けた。
「兄さん!」
「?」
「……な、何でもない」
辰爾は不思議そうな顔をしたが、ふと微笑んで部屋を出て行った。千歳は一人、武器を片手に握り締め、辰爾の言わんとしていることを考えていた。
翌日、花水木家の門に珍しく椿が立っていた。千歳はそれを見て、奇妙に思いながらも近付いた。
「どうしたのよ?」
「……お前、一人で片付けるつもりだったろ」
椿の目はいつもよりも厳しかった。千歳はその目に少したじろぎながらも、わざとらしくとぼけた。
「何のこと?」
「青柳だ」
「誰に聞いたの?まさか羅水ではないでしょ?」
「辰爾さん」
千歳はわざと大きく溜め息をついた。椿は千歳を不満そうに見る。
「どうして自分だけでどうにかしようとするんだよ」
「……羅水の力を借りてる」
「じゃあ、俺にも言えよ!」
門の掃除をしに来た使用人が、椿の大声を聞いて不穏な空気に気付き、家の中に戻ろうとした。千歳はそれを止めて、そして椿の肩をポンと叩いた。
「ほら、学校、遅刻するわよ?」
「……ったく、好きにしろよ、もう!」
椿は再び大声を上げ、千歳を置いて先に進んだ。千歳はその後ろで、辰爾の居る家を振り返った。