第十五話:転入
青柳との戦いから何事も起こらずに一ヶ月が経った。花水木の屋敷内や傷付いた者達は皆、傷を癒し、回復した。そして全てに、再び平穏が訪れていた。
千歳がいつものように朝御飯を食べ、そして学校に向かおうとした時だった。珍しく辰爾は玄関まで行き、千歳を見送った。普段は母親が嫌がって、見送りをなかなかさせなかった。玄関先で辰爾は言った。
「千歳。今日は良くない予感がする。十分気をつけた方がいい」
「分かったわ。ありがとう」
兄の忠告に千歳は小さく頷いて、戸を開けて外に出た。
「いってきます」
辰爾に届くか届かないか位の声で、千歳は言った。辰爾は僅かに微笑んだのみだった。
教室はざわついていた。コソコソと話す内容を聞けば、千歳のクラスに転入生が来るらしい。千歳は興味なさそうに、図書館で借りた本を読んでいた。
――ガラリッ
「席につけ!」
教室に教師と一人の男子生徒が入って来た。急にクラスの女子達が騒ぎ始めた。転入生が予想外にかっこよかったからだ。
「転入生を紹介する。青柳草人君だ。皆、仲良くするように!」
「あ、おやな、ぎ?」
千歳が目を見開いて驚いている隣を、転入生は薄ら笑いを浮かべながら通り過ぎた。千歳がバッと振り向くと、草人はこちらを見もしないで、隣の女子生徒と話していた。
「……」
千歳は元の姿勢に戻り、自らの気持ちを落ち着かせるのに必死だった。
「花水木サン、だっけ?」
昼休み、千歳が一人で屋上にいると、草人がニヤニヤと笑いながらやって来た。千歳は少し身構えた。
「もう名前を覚えてくれたの? 光栄ね!」
「花水木さんは特別さ」
「へぇ」
一見、和やかな会話をしているように見えながらも、お互いの目付きはとても好戦的だった。千歳は密かに、身に付けている武器に手を掛けた。
「ちょっと待って! 君は勘違いしてるよ」
「?」
「俺は君と戦いに来た訳じゃない」
千歳はジッと草人の顔を見た。草人は相変わらず笑っている。
「……どこかの次期当主さんと同じことを言うのね」
「兄貴、相当嫌われてるなぁ」
「兄貴?」
「青柳薬史は俺の兄だよ」
草人の言葉に千歳は疑いの目を向けた。薬史は以前、使用人に化けて花水木家に潜入していたことがある。また他人に化けているのではないのか。
「嫌だなぁ、弟だというのは本当だよ」
「私はあなたを戦いの中で見たことが無い」
「それは俺が弱いからさ」
「嘘ね」
途端に千歳の目が細くなる。そして口元を上げて、自分の左手をヒラヒラさせた。
「あなたの左手、刀を握って出来るマメがあるもの。訓練を欠かさない真面目な青柳さんなのかしら」
「すべてお見通しか」
草人はフッと笑って、ポケットに手を入れた。
新章スタートとなります。新しい登場人物が数々登場します。お時間がありましたら、お読みください!