第十三話:古堤
“古堤”は忍ではない。例え忍のような身なりをしていても、それは合理的に考えた上での結果だ。古堤は花水木家の直接の部下だ。神林家や早月家よりも、花水木家と密接な間柄なのである。
羅水は山奥で滝に打たれていた。彼には珍しい、白い着物を着ている。
「羅水さま、珍しいですね。清めをされるなんて」
そこに、普段の羅水と同じような恰好をした女が、姿を現した。羅水は彼女を横目でチラリと見た。
「ちょっと、厄介事に巻き込まれてな」
「分かった! 忌児さまと神林さまのですね」
女はニヤニヤと笑った。どんな面倒な仕事でも、完璧にこなす羅水が嫌がることのいくらかに、千歳と椿の揉め事が含まれていた。
「“千歳”さまと言えと、何度言ったら分かるんだ」
「……すみません」
「いいか、千歳さまは大変繊細だ。刺激するようなことは避けたい」
女はジッと上目遣いで、羅水のことを見た。それを羅水はキッと睨んだ。
「羅水さまは、千歳さまのことが好きなんですね」
「満湖!」
「そうですよ。前の頭目は、“忌児”と、そうハッキリとおっしゃってました」
満湖と呼ばれた女の目は、羅水を射るように鋭かった。しかし羅水はそれに押されることなく、満湖を見た。
「父上と僕は違う。お前はそんなに先代のことが好きだったのか?」
「違います、私はただ」
「それは悪かった。お前の好きな先代を殺したのは、この僕だ」
「羅水さまっ!」
先に圧力に負けたのは満湖の方だった。羅水の顔は、妖しい笑みを含んでいた。