第百二十七話:仲直
私は自室のベッドで枕に顔を埋めていた。先程から終わりのない後悔に苦しんでいる。しかし自分から動き出さない限りどうにもならないことは良く知っている。動かなきゃならない。そうしなければ、いつまでも私は甘ったれのままである。
「……よし!」
決心して、のそのそと身体を起して立ち上がろうとした時だった。窓に石が当てられる音がした。私は先を越された、と眉をひそめた。
「どうぞ」
そう言って窓を開けると、羅水が入って来た。その表情は普段より暗く、元気もないような気がする。真っ黒な服がそれを際立たせる。私の心は更に重くなった。
「あ、あのね、羅水……」
「千歳さま、大変申し訳ありませんでした!」
私が話し終えるのを待たずに、羅水は頭を下げて謝った。それから、なかなか頭を上げようとはしない。
「羅水が謝ることなんてないんだから。八つ当たりしたのは私なんだよ? 羅水は悪くないじゃない」
「原因を作ったのは僕です。千歳さまに辛い思いをさせていたなんて、僕は本当に、古堤失格です」
「失格なんて、そんなこと言ったら私の方が失格よ。それにこんな言い合いを続けるのは止めにしよう?」
私がそう言うと、羅水はゆっくり顔を上げた。その表情は悔しそうに歪んでいる。
「羅水、あれは私の八つ当たりなの。子供みたいに羅水に八つ当たりしただけなの。だからそんなに落ち込まないで」
羅水は何の反応も示さず、ただうなだれていた。私はますますいたたまれなくなって、どうすればいいかを必死に考えた。その時、コンコンと部屋を叩く音がした。
「入るぞ」
声の主は椿だ。私は驚きで声が出なかった。羅水も僅かに驚いたようだ。
「……どうしたの、いきなり」
声が震えていないだろうか。まともに椿と会うのは久し振りだ。やはり何処か気まずい。そう感じているのは私だけじゃないはずだ。
「お前達が喧嘩すると関係ない奴まで巻き込むみたいだからな。さっさと仲直りして貰わなきゃ困るんだ」
そう言われて、頭の中で馨君の顔が浮かんだ。私は馨君にも八つ当たりしてしまったのだ。
「お前には関係ない。話がややこしくなるだけだ」
羅水はキツい目付きで椿を見たが、椿は顔色一つ変えることなく続けた。
「二人で話しても堂々巡りだろう? 時間の無駄だ。それに関係なくはない。俺にも迷惑掛かってるんだからな」
「……勝手にしろ」
羅水がそう言い放つと、椿はジッと私の方を見た。私は目を離したいという衝動に駆られながらも、目を離すことが出来なかった。やはり椿には勝てないのだ。
「千歳、お前はどうしたい? 羅水にどうして欲しいんだ?」
「わたし、は羅水に自分を責めないで欲しい。先生が私に毒を盛ろうとしたのも、当たり前のことだもの。私は充分分かってる」
羅水の顔が見る見る険しくなり、その表情に何処か悲しみが含まれているように感じた。そんな顔しないで欲しい。
「多分、母さんが先生に命令したのよ。きっとそうよ。先生は立派な古堤だったから、母さんの命令に従ったのよ」
「千歳」
椿の声がやけに優しく聞こえる。すぐ卑屈になる私を優しく制止しているのだ。だから私はいつまでも椿から離れられない。
「羅水、羅水が先生を赦せないのは私にはどうしようもないことなのかもしれない。だけど、私は先生を赦してる。それだけは覚えておいて」
「……はい」
羅水はそう言うと、複雑な顔をしたまま姿を消した。残された私と椿に沈黙が訪れた。
「……椿」
「なんだ?」
「ありがとう。馨君へのフォローもしてくれたんでしょ?」
「まぁな」
「明日ちゃんと謝る。馨君について良く分かってるつもりなんだけど、どうも上手くいかなくてさ」
「それはアイツも良く分かってるよ」
「……うん」
じゃあな、と椿はそう言って部屋を出て行った。私はその後ろ姿をジッと見つめていた。
ああ、私はまだ椿のことが好きなんだ。