第百二十六話:星型
椿は目の前で落ち込む馨にどうしてあげることも出来ないと感じた。馨の失敗は十分予想されうることだったし、いつかそうなるだろうと思っていた。実際、これ以前にもあったはずだ。いきなり自室にやって来て、わあわあと落ちこまれに来てもなぁというのが本音であった。
「オレ、千歳ちゃんに喜んで欲しかっただけなのに、本当に駄目だ!」
馨の顔は悲しそうに歪む。椿はそれを見て、ハァと溜め息を吐いた後、ポンポンと馨の頭を叩いた。しかし馨は反応しなかった。
「オレ、忘れてた。千歳ちゃんは優しいから。オレは千歳ちゃんの迷惑を考えることが出来なかった」
「忘れてたもなにも、昔からじゃないか」
「……椿は本当に性格悪いな!」
「はいはい」
椿は自分で入れた紅茶を啜った。少し冷めている。もう一度入れ直して来ようかと考えていると、馨が先程までしゃがみ込んでいたベッドから立ち上がった。
「おい、ビックリするじゃないか」
「……チョコレートクッキー食べるか?」
「はぁ?」
「チョコレートクッキー! オレが千歳ちゃんのために作ったんだ。でも、こういうのが良くないんだろうな」
紙袋からクッキーを出しながら、馨は更に暗い顔になった。溜め息も吐く。椿はクッキーを受け取り、食べ始めた。大きめの星型が可愛らしい。
「クッキーかよ。女々しいな」
「別に良いだろ、男がクッキー作ってもさ!」
そう言って、自身もクッキーの袋を開けて食べ出した。一口かじって、おいしい、と零した。椿はそれを聞いて、ケッと悪態をついた。
「これをさ、辰爾さんにもあげたんだ。その時の辰爾さんの顔、椿にも見せてあげたかったよ。オレ、ああいう顔されると自信なくなって来るんだ。オレ、間違ってないんだ。皆は間違ってるって思っても、オレからしてみれば正解なんだ。知らないだろ、皆、微風に選ばれた人間の気持ちなんか!」
馨ははぁはぁと息を切らせて、グシャッと前髪を掻き上げた。そして心を落ち着かせるように大きく呼吸をした。
「……ごめん、椿は何も悪いことしてないのに。ごめん、怒鳴ったりして」
「いいや」
「本当、オレ、まだまだだなぁ。千歳ちゃんに嫌われちゃっても仕方ないや」
「なぁ、馨」
馨は不思議そうな顔をして、椿を見た。椿はいつになく真面目な顔をしている。
「千歳も今頃後悔してると思うぞ。お前を嫌ったりもしてない」
「本当?」
「ああ」
「……悔しいけど、椿がそう言うなら、そうなんだろうな」
馨はちっとも悔しそうな顔などせずに、ニヤリと笑っていた。椿は馨の立ち直りの早さに呆れる。少し悔しくて、椿はパシッと馨の頭をはたいた。
「椿が千歳ちゃんのこと良く分かっていてくれるのは、オレ、すごく嬉しい」
「何でだよ?」
「千歳ちゃんが喜ぶからさ!」
「……ばーか」
椿はそういうと再びクッキーを口にした。