第百二十一話:兎
雅の後ろに立って居た男の子は、皺のない白いシャツに黒いズボンを履いていて、髪も丁寧に整えられていた。朱雀とは印象がかなり違う。年も雅と同じ位だった。
「あなた、だれ?」
雅はしゃがんだまま、男の子を見上げた。男の子はニコリと笑うと手を差し出し、雅を立たせた。
「僕は青柳草人。君は?」
「春日井みやび」
「かすがい? 鶯の人じゃないの?」
「うぐいすは朱雀君だよ」
「そうなんだ、君は違うんだ」
そう呟くと、草人は再びニコッと笑った。雅はキョトンとしている。
「僕、今とっても暇なんだ。一緒に遊ぼうよ」
そう言って草人は雅の手を引き、駆け出した。雅はこけそうになりながらも、楽しくなって一緒に走り出した。二人は駆けっこやままごとをした。
「草人君は今、何歳?」
「十歳だよ。雅ちゃんは?」
「私も十歳! 同じだね!」
「僕あんまり学校に行ってないから、同い年の友達が出来てうれしいな!」
「体が弱いの?」
雅が心配そうに尋ねると、草人は首を横に振った。
「僕はまだだめな所がいっぱいあるから、外に出ちゃいけないんだって。今日だって、すごいお願いしたんだ。そしたら皆ゆるしてくれたんだ」
「何か分かんないけど、大変なんだね。だったら、今日はいっぱい遊ぼう」
雅がそう言って笑うと、草人も嬉しそうに笑った。
二人は遊びながらお互いのことを話し始めた。
「私は生物委員なの。だから動物なら何でも触れるんだよ。ウサギだって抱っこ出来るし」
「僕、ウサギ触ったことないや」
「じゃあ今度、私の学校に来て! ウサギを抱っこさせてあげる」
雅は学校での出来事を沢山話した。草人には新鮮な話ばかりで、ワクワクしながら雅の話を聞いていた。逆に草人は家のことを話した。
「今日は鶯と仲良くなるために来たんだよ。お兄ちゃんが言ってた」
「お兄ちゃんがいるの?」
「うん、お兄ちゃんは僕なんかより優秀だから、学校にも行くんだ。お兄ちゃん、すごくかっこよくて、僕大好きなんだ!」
「お兄ちゃんいいなぁ。私、一人っ子だから兄弟が欲しいの」
それを聞くと、草人は嬉しそうに言った。
「じゃあ、今度僕の家に来て! お兄ちゃんを紹介するよ」
「本当?」
うん、と草人は元気よく返事した。雅も嬉しそうに笑った。二人は庭園を駆け回って、いつの間にかドロドロになっていた。
夕陽が沈みかけた頃、鵠志と朱雀が庭園に戻って来た。それともう一人、真っ黒な着物を来た男も居た。
「お父さん!」
草人は真っ黒な着物を来た男を見付けると、走って駆け寄った。男は草人の頭を軽く撫で、雅に目をやって僅かに笑った。しかし雅はその笑顔を見て、背筋がゾクリとなった。鵠志の笑顔とは種類の違うものだと、頭でなく身体はしっかりと理解していた。
「雅ちゃん、僕のお父さんだよ!」
草人が本当に嬉しそうに言うので、雅も何となく笑って会釈した。すると朱雀が雅の側に寄って来た。
「お前の父親が呼んでたぞ。そろそろ帰るそうだ」
「うん、ありがとう」
そう言うと、雅は草人の側に行って、バイバイと手を振った。草人は少し悲しそうな表情を見せたが、同じようにバイバイと手を振った。