第十二話:庭園
花水木家の庭は、いわゆる日本庭園で、ここでもやはり花水木が主役を務めている。木々や花々は、花水木家の当主を表すのに適していた。庭には常に静けさが伴っている。だから、庭が荒れるなんて滅多になかった。
「辰爾さま」
母親である葉月と対面する辰爾の姿は、どうしても叱られているようにしか見えない。もちろん、千歳の姿も同じように映るのだが。真っ黒な服を普通に着こなす彼女は、誰よりも厳しかった。
「辰爾さま。あなた、青柳の次期当主の侵入を見過ごしたそうですね」
「……はい」
静かな空気が流れる。どちらも目を合わさず、違う方を見ている。先に口を開いたのは葉月だった。
「いけません。いけませんよ、辰爾さま」
葉月の声は微かに震えている。ギュッと握り締めている拳も、真っ黒な着物を更にクシャクシャにしている。
「貴方はいつでも油断してはいけません。周りの者をそう簡単に信用してはいけません」
「母さん、私は……」
「言い訳はいいのです。用心しなければいけません。神林にも、古堤にも、早月にも、もちろん私にも」
「母さん」
「何よりも、忌児である千歳に」
辰爾の顔が僅かに歪んだ。葉月はそれだけ言い終えると、部屋を出た。一人残った辰爾は、庭を見た。
―ザワザワ
珍しく庭が荒れている。
「辰爾殿」
松波の、人を安心させるような声が部屋の中に響く。辰爾は依然として、ただ庭を見ている。
「庭が荒れてますな。さては、辰爾殿に何かあったかな?」
松波は庭を少し見て、こんな感想を述べてみせた。辰爾は松波の方を見ると、苦笑した。
「当たりのようだ。これは珍しい」
はっはっはっ、と松波は大きな口を開けて笑い、それにつられて辰爾も微笑んだ。
「松波は不思議な男だね。いつも君には敵わない」
「辰爾殿も十分、不思議だ」
「そうかな」
「千歳殿はいつも貴方を見ているからな。沢山の不思議を教えて貰う」
松波がそう言うと、辰爾は少し目を大きくした。松波は優しく笑い掛ける。
「やはり兄妹だ」
「……そう、かな」
「ああ」
松波が次に庭を見た時には、元通りの穏やかな庭がそこにあった。