第百十九話:客人
懐かしい夢を見た。私の両親がまだ生きていた時の夢だ。私は裏の世界のことなんか何も知らなくて、ただ笑っていた。
「お父さん! お母さん!」
十歳になった雅は可愛らしい白のワンピースを揺らしながら、両親の居る方へ掛けて行く。雅の両親は穏やかな顔でそれを見ていた。
「お母さん、今日はピクニックに行くの? それ、お弁当でしょ?」
「そう、林に行くのよ。空気が澄んでて、小鳥もたくさんいて、雅もそこがきっと好きになるわ」
「楽しみ!」
雅はスキップをしながら、両親の少し前を歩いた。暫くすると林に差し掛かり、雅は両親の方に向き直って首を傾げた。二つに結ばれた長い髪がふわりと揺れる。
「ここ?」
「ああ、じゃあここからはお父さんが雅を案内しよう」
父親は雅の手を取って、ゆっくり林の中に入っていった。雅は今まで林の中に入ったことがなかったため、キョロキョロと回りを面白そうに眺めている。林は背の高い木で成立っており、所々に小さな花が咲いている。姿は見えないものの小鳥のさえずりが聞こえ、蝶がヒラヒラと飛んでいた。
「ねえ、これからどこに行くの?」
「お父さんやお母さんが昔からお世話になってる人に会いに行くんだよ」
「ふーん」
「ちゃんと挨拶するのよ」
「もう十歳だよ、挨拶くらい出来るよ」
親子の和やかな雰囲気が、林の様子にピッタリ合った。三人は楽しげに足を進めた。
数十分後、大きな屋敷が見えて来た。雅は思わず歓声を上げた。屋敷は昔父親に写真で見せて貰った武家屋敷にそっくりだった。
「お父さん! ここに、お侍さん、住んでる?」
雅はワクワクしながら父親に尋ねた。すると父親はクスリと笑って、住んでいないよ、と答えた。雅は少し残念そうにしたものの、それでもワクワクしていた。
「こんにちは。お久し振りです」
父親は門前に立っていた二人の男に声を掛けた。すると一人の中年の男が嬉しそうに言った。
「本当に久し振りだなぁ。こっちに顔を出すなんて、何年振りだ?」
「この子が生まれてからは一度も来ていないので、ちょうど十年ですね」
父親は雅の頭を撫でながら言った。門番の男は屈んで、雅と目線を合わせた。
「このお嬢ちゃんが二人の子か。名前は何て言うんだい?」
「春日井みやび!」
名前を聞かれると、雅は嬉しそうに言った。男はそうかそうかと頭をクシャクシャとした。雅はこそばゆそうに笑う。
「それにしても今日は警備の数が多くありませんか? 何かあるんですか?」
「ああ、今日はちょっと厄介な客人が来てな」
「厄介な客人?」
男は回りに少し気を配ってから、小さな声で言った。
「青柳の当主が来るんだ」
これ以降、物語はどんどん核心へ迫って行きます。最後までお付き合い頂けたら幸いです。