第百十六話:友人
「大切にするのと甘やかすのって、結局は同じ気がする」
椿がぼんやりと呟いた。隣の松波は返事をしない。二人は花水木家の屋敷ではなく、近くにある公園に居た。春には満開の桜が咲き、多くのお花見客で賑わう公園だ。春でなくても草花で華やかに彩られている。
「珍しく椿に呼び出されたと思ったら、どうしたんだ? 元気がないな」
「あー、ちょっと墜ちてる」
「ほぉ。千歳殿絡みか?」
椿はチラリと松波の顔を覗き見た。松波はニヤリと嫌な笑みを浮かべている。何となく、いい気がしない。
「何か楽しそうだな」
「そんなんじゃないさ」
松波はそう言いながらも笑っている。椿は様々な原因から、はあと溜め息を吐いた。
「俺、駄目なんだ。千歳を大切にしようとしてるのに、無理なんだ」
「何故そう思うんだい?」
「……また独りにさせた、俺。千歳には絶対に寂しい思いをさせないって決めてたのに」
椿は何処か遠い所を見ている。その眼には普段のような強い光は無く、光がゆらゆらと揺らめいている。固く握られた拳も痛々しい。
「俺は千歳のこと、大切にしたいと思うよ。だけど甘やかそうとは思わないんだ、だって甘やかすことが優しさだとは限らないだろ? 千歳のこれからにだって良くない。だけど甘やかさなきゃ、千歳を大切には出来ないんだ。ずっと、鬱陶しい程、側に居てやらなきゃ、アイツは寂しい思いをする。それも試練だって、独りで居るのを知ってて無視するのは、どうしても大切にしてるとは思えないんだ。だったら甘やかさなきゃいけない。俺には甘やかすしかないんだ」
松波は目を閉じて、静かに椿の言葉を聞いていた。そよそよと心地の良い風が二人の座るベンチを通り過ぎる。そしてゆっくり口を開いた。
「……学校での千歳殿はどこにでもいる、ただの女子高生だ。違うかな? 椿、学校では千歳殿は花水木家から解放されるんだ。それがほんの些細な自由だとしても、千歳殿にとっては大変意味がある。お前が神林の人間として側に居てあげるんじゃない、学校の友人として側に居てあげることが大切なんじゃないだろうか? それは甘やかすのではなくて、友人として当然のことだろう?」
「……それ、逢坂にも言われた」
「ほぉ。良い友人がいるな」
はっはっは、と松波は豪快に笑った。それを見て、椿は苦笑する。椿は昔から何かあるといつも松波に相談していた。それは今も変わらない。松波の助言を受けて、いつも自分の弱点を知るのだ。
「友人、か」
「千歳殿は花水木から離れている学校で、もっと伸び伸びするべきだ。その手伝いをお前がしてあげればいいんだよ」
ついでに結婚相手も見つけてしまえばいい、と松波は付け足して、笑った。
「ありがと、松波。何か少し回復出来た気がする」
「気にするな。わしにとっちゃ、千歳殿も椿も妹や弟のようなものだ。当たり前のことをしただけだよ」
「……おう」
そうか、兄弟か、と椿は面白そうに微笑んだ。