第百十三話:一番弟子
娘の気持ちはよく分かっているつもりだ。環和は花水木家の次期当主の辰爾さまのことが好きで、彼のことが心配でたまらないのだ。自分も娘と同じように辰爾さまを慕っているし、後々良い当主になるだろうと期待もしている。しかし、それでも、環和の旦那には一番弟子の新斗君がいい、と考えているのだ。
「新斗君、うちの環和ちゃんなんかはどうだい? 魅力的だろう」
師匠である周留が突拍子もない質問をするので、新斗は思いっ切り噴き出した。そして蒸せ返す。
「なっ、いきなりどうしたんッすか! ビックリするじゃないですか、師匠!」
「ごめんごめん。娘を持つ父親は気苦労が絶えないものなんだよ、新斗君」
へえ、父親も大変なんッすねぇと新斗は気のない返事をした。しかしその顔は心なしか紅い。
「環和ちゃんから恋愛の話を聞いたことがなくてね、心配になって来たんだ」
周留がそう言うと、新斗は少し驚いた表情をしたが、直ぐに笑顔に戻った。
「環和さんは立派に恋をしてるッすよ」
周留が新斗を気に入っている理由の一つに、彼のこの性格があった。勿論、一番弟子だけある技術も理由にあるのだが。新斗という青年は、周りを良く見て、他人の気持ちを思いやれる。だから周留も娘を大切にしてくれる、と確信しているのだ。
「……新斗君は辰爾さまにお会いしたことがあるかい?」
周留の問いに、新斗は頭を縦に一度振った。
「会った、っていう表現は間違ってるッすけど、見掛けたことはあります」
ニコリと笑うその顔で、周留は新斗が自分の言いたいことを理解していることを悟る。周留は環和が可愛いのと同じ位、新斗が可愛いのだ。
「良い人、だと思います。俺はああいう人に花水木家当主になって貰えて嬉しいッすよ」
そして新斗は静かに付け足した。環和さんにお似合いだ、と。
「にーと。お願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
環和は作業している新斗の側で、壁にもたれかかりながら言った。その眼は新斗を見てはいない。
「環和さんのお願いを俺が断れる訳ないじゃないッすか」
「ありがと」
「それでお願いというのは?」
「……新しく小刀を作って欲しいの」
「小刀? 何のために?」
すると少しの間、環和は黙り込んだ。新斗は作業していた手を止め、立ち上がり環和と目線を同じにした。
「千歳ちゃんのためよ」
すると新斗は驚いているのか、目を丸くした。
「花水木のお嬢さんのために?」
「ええ」
「ちょっと待って、環和さん! 花水木のお嬢さんには『花鳥』っていう立派な小刀があるじゃないッすか!」
「花鳥は千歳ちゃんの身を護るには不足だわ。あれは元々は初代のために作られたんだもの、女の子の千歳ちゃんには扱いにくいわ」
「……成程、つまり花水木のお嬢さんに合った小刀を作れ、そういうことッすね?」
「そう」
環和はコクリと頷いた。新斗はやれやれと頭を掻く。
「師匠にお願いすればいいじゃないッすか。俺じゃあ満足のいくものが作れるかどうか……」
「私はにーとの才能をかってるのよ? それにお父さんのじゃ駄目よ、綺麗過ぎて使うのが勿体ないもの」
そう言って、環和は意地悪そうに新斗を見た。新斗は苦笑する。そして環和は壁から背を離し、新斗の肩をポンと叩いた。
「期待してて下さい、環和さん」
新斗の言葉を聞いて、環和は面白そうに笑った。