第百十二話:新斗
雲住環和の父親・周留は、雲住家始まって以来の武器作りの天才だと言われている。周留の作る刀は上品で美しく、とても人を傷付けるための道具だとは思えないのだ。そんな周留の一人娘である環和は、武器を作る技術では劣るものの、武器を見る眼には長けている。環和に掛かれば、直ぐに武器の弱点を探ることが出来る。その力は、日常生活の中でも充分活用されている。彼女の洞察力は誰の引けもとらない。
「環和ちゃん、環和ちゃん、この刀どう思う?」
雲住環和の父親である雲住周留は、娘のことを“環和ちゃん”と呼ぶ。どちらかと言えば厳つい体付きなので、そのギャップは大きい。
「そうねぇ……切れ味は良さそうだけど。でも、すぐ刃こぼれしちゃうんじゃないかしら」
環和がそう言うと、周留は嬉しそうにうんうんと頷いた。
「誰が作ったの? お父さんじゃないでしょ」
「新斗君だよ」
「なんだ、にーとか」
そう言うと、環和はドタドタと大きな足音が近付いて来るのを横目で見た。そしてハァと溜め息を零す。
「ニートじゃねえッす! 新斗です、環和さん!!」
「廊下で走らない! 何度言ったら分かるのよ、アンタは」
すみません、と爽やかに元気よく返事をしたのは、周留の一番弟子の鍛冶屋新斗だ。環和よりも何十センチも高い背を曲げて、へこへこと頭を下げている。
「まだ完璧だとは言えないが、かなかいい刀を作るようになったな、新斗君」
「ありがとうございます、師匠! でも俺なんてまだまだッすよ。早く師匠に追いつきたいなぁ!」
鍛冶屋新斗は世に言う好青年だ。背も高く、それに比較的端正な顔立ちである。誰からも好かれて、敵を作ることが少ない。周りをよく見ることが出来て、自分のすべきことが理解出来る。環和は父が、新斗を環和の旦那に、と密かに考えていることを知っている。環和の辰爾への気持ちに気付いてかどうかは分からない。
「環和さんの、刀を見る時の眼は良いですね、素敵ですねぇ」
周留が居なくなって二人になった。すると新斗が急にこんなことを言い出したのだ。
「とても真っ直ぐな眼ッすよねぇ。真っ直ぐ一つのものだけを見ることが出来るって、すげえことですよ」
新斗は環和より三歳も年上で、普段は子供丸出しなのにたまに大人の微笑みを魅せる。辰爾一筋の環和もグラリと心が揺れる。
「……にーとの方が真っ直ぐよ。いつも刀のことばかり考えてるじゃない」
「そんなことないですよ」
鍛冶屋新斗は馬鹿に見えて、実は馬鹿じゃない。環和の気持ちもよく分かっている。それでも環和への好意を持ち続けている。
「俺は刀と環和さんのこと、考えてます」
鍛冶屋新斗は狡い男である。