第百六話:共犯
花水木家の屋敷には開かずの間がある。使用人の中にはその部屋を知らない者もいるだろう、それくらいの存在だ。特に誰も気に掛けない。そこにあるものは何となく想像出来るし、自分に必要なものだと感じないからだ。しかし古堤の場合は違った。開かずの間は彼等が入りたくて仕方のない場所なのだ。
「なぁ、満湖ちゃん。俺、信用されすぎとるんちゃうかなぁ……」
「はぁ?」
満湖が自室にて書類整理をしている隣で、霧緒が大きな溜め息を吐いた。彼女はそれを鬱陶しそうに顔を歪める。
「藤馬さん、何考えとるんか分からへん」
「?」
「霧緒! 他人の邪魔をするな」
ガラリと戸を開けて入って来たのは羅水だった。両手に大量の書類を抱えている。
「羅水坊っちゃん、未だに下働きしとるんか。偉いこっちゃなー」
「……。働かない奴がいるからだ」
羅水は冷たい目で霧緒を見た。睨まれた本人はきゃあ怖い、とからかいながら満湖の後ろに隠れた。
「それに古堤は主を信じて、ただ従うのみだ。古堤が迷うなんて以ての外だぞ」
「お前はほんま、古堤の鑑やなぁ。感心するわ」
霧緒の言い方に気持ちが入っていなかったため、満湖は霧緒の袖を引っ張った。満湖が顔を見ると、霧緒は複雑な微笑みを浮かべていた。
「でもな、羅水坊っちゃん。頑固すぎると先代の二の舞になるで」
すると羅水の表情が一変し、両腕に抱えていた書類を机の上に投げ置いた。
「僕はあの人みたいには絶対ならない! 死んでもならない! そんなこと、二度と言わないでくれ!」
それだけ言うと、羅水は部屋から出て行った。満湖は目を見開いて驚いている。そして追い掛けようと立ち上がった。
「止めとき、満湖ちゃん。羅水坊っちゃんもまだまだ餓鬼ってことやな」
「わざと怒らせたんでしょ?」
「……鋭いなぁ、満湖ちゃんは」
「どうして?」
満湖はジッと霧緒の目を見た。フッと霧緒は笑った。
「羅水坊っちゃんは先代の起こした事件がトラウマになっとる。これを乗り越えん限り、羅水坊っちゃんは強くなれん」
「羅水さまはもう充分強いわ」
「精神的に、や。満湖ちゃんも知っとるやろう? 千歳ちゃんへの執着が異様や」
「……」
満湖が黙り込んでしまうと、霧緒はポンと満湖の頭に手を置いてわしゃわしゃと撫でた。満湖は珍しく文句を言わず、ただそのままでいた。
「それでな、俺、藤馬さんから開かずの間の鍵を預かったんや」
「えっ!?」
いきなりの情報に満湖は驚いた。開かずの間と言ったら、古堤が中を覗いてみたくて仕方のない場所なのだ。いわゆる情報の収蔵庫である。そこには花水木家の関係者の日記や公式書類などが保存されている。何分秘密が多いため、身内にも極秘にされている。
「羅水坊っちゃんに渡すかどうか、正直まだ悩んどるんや」
「何故? 私に話すより羅水さまに渡すのが先でしょ」
「満湖ちゃんもさっきの見たやろ? 羅水坊っちゃんが真実を知るんは、アイツがもうちょい強くなってからや」
「……じゃあ何で私に話したのよ」
満湖は納得のいかない顔をしている。それに気付いた霧緒は苦笑した。
「せやなぁ。罪悪感ってのがあるから、満湖ちゃんに共犯になって貰おうと、な」
「罪悪感を感じるなら、始めから羅水さまに渡してしまえばいいのに!」
「満湖ちゃんは明快やな。……だけど、俺には先代に頼まれたことがあるんだ。先代のためにも任務遂行しなきゃならない」
急に真剣になった顔に、満湖はドキッとした。そうかと思えば、霧緒はにこやかに笑う。
「ま、そんなこんなで満湖ちゃんも共犯やで!」
「最悪。ご馳走目の前に出されて食べられない気分よ」
そうやろうなぁ、と霧緒はケラケラと笑いながら満湖の部屋を出て行った。