第百二話:会議
青柳と鶯の話し合いは一向に進まなかった。
その原因は、青柳から逃げ出したとされる鶯雛子にあった。
両家が精力的に捜索しているにも関わらず、彼女は見付からなかった。
「青柳が匿ってるに違いねェ」
鶯家当主である鶯朱雀は、煙草を片手に苦々しく言った。側には衣砂、雅が居る。
「相手側はこちらの仕業だと考えているのでしょう? とんだ茶番だわ」
衣砂は心底嫌そうに言った。雅はそれを見、そして自らも口を開いた。
「でも、本当に雛子さまはどこに行ってしまったんでしょうか?」
「あれは鶯雛子じゃあない。偽者だ」
朱雀の意見は未だに変わらなかった。依然として、久し振りに姿を現した女性は雛子ではないと主張している。雅は、その確信めいた感じに違和感を覚えた。
「朱雀さまは何か知っていらっしゃるんですか?」
「……いいや」
「私はお姿を拝見していないので分かりませんが、ここは朱雀さまの勘を信じます。ね、雅もそうしなさい」
雅は衣砂を見、そして小さく頷いた。朱雀は特に気にした風はない。
「それよりも朱雀さま、花水木も動き始めています。雅に接触してきたという事実もありますし……」
雅は先日、花水木の古堤に奇妙な技を掛けられ、情報を僅かに洩らしてしまった。彼女はそれを後悔し、何度も謝った。
「花水木はお人好しばかりだからな、当分は青柳への対応に専念すればいいだろう。早々に手を打つ必要はない」
「しかし! 実際に被害も出ているのですよ」
「いつか広まっちまう情報だった。それが早いからといって、変わる状況じゃねえだろ今は」
朱雀は煙草をグイグイと吸い殻に押し付けた。吸い殻はいつの間にか煙草で一杯になっている。
「失礼!」
部屋の外から声がして、ガラリと戸が開かれる。そこには仁王立ちする男が居た。朱雀は着流し、衣砂や雅が灯の格好をしているのと比べると、ジーパンにシャツというやけに現代的な服装を着ている。しかし彼の服は少し汚れていた。
「おー! 生きてたのか、檀。俺ァてっきりもう死んだもんかと……」
朱雀は愉快そうにケケと笑った。対照的に檀と呼ばれた男の機嫌は悪かった。
「うるせえ! というか、てめえ、よくも俺のこと騙したな!」
「騙した? 何のことだ」
「しらを切るんじゃねえ!! 紅い眼を持つ赤ん坊なんて何処にもいねえじゃねえか!」
「……そうか」
ハァ、と朱雀は大きく溜め息を吐いた。男は顔をしかめる。
「大薙さま、狭い部屋なんですから余り暴れないで下さい」
衣砂は嫌そうな顔をし、それに気付いた檀も同じような顔をした。
「相変わらず五月蠅いな、お前の部下は」
「お前も充分騒がしいがな」
雅は苦笑しながら三人を眺めていた。朱雀はゆっくり立ち上がると、雅に向かって言った。
「こいつに茶を出してやってくれ。俺は出掛ける」
「はい。それより朱雀さま、お一人で大丈夫ですか?」
「ああ。考え事は一人に限る」
そう言うと、朱雀はボサボサの髪を掻きながら部屋を出て行った。