第百一話:道具
遊良は葉月に呼び出されて、花水木家に訪れていた。通されたのは暗い部屋だ。余り人が来ない部屋を敢えて選んでいるのだ。
「遊良さん、貴方にお願いがあります」
葉月は女性にしては低い、冷たい声で話す。遊良は幼い頃から彼女のことが苦手であった。
「……なんでしょう?」
「忌児は辰爾さまに悪影響しか及ぼさないわ。早急に始末しなければ」
「始末、ですか? しかし忌児とは花水木家当主のために生きるもの、それを易々と手放しすのが賢いことですか」
遊良がそう言うと、葉月はとても嫌そうな顔をした。分家の人間に生意気な口をきかれるのを、とても嫌うのだ。遊良はそれをよく知っていたが、常に遠慮することはなかった。
「始末するのは簡単です。しかし俺では殺せない」
「何も殺せと言っている訳ではありません。花水木家にとって有益な道具になるよう、貴方に預けたいのです」
「……道具、ですか。忌児にぴったり、ですね」
「頼みましたよ」
葉月はそう言って、部屋から出て行った。遊良はいつも思う。葉月は何者なのだ、と。彼女は千歳の何なのだ、と。
帰宅しようと花水木家内を歩いていると、あ、と言う声を聞いた。俺の目の前に千歳と馨がいたのだ。
「遊良だ」
馨は顔を歪ませた。千歳同様、俺は馨を世話した時期もある。
「帰って来ていたのか。だから葉月叔母様の機嫌が悪かったんだな」
「どうしてオレのせいなんだよ」
「知らないのか? 邪魔だから留学させたんだぞ」
苛々する。理由は分からない。分かりたくもない。
「……千歳ちゃん、行こう」
馨は千歳の手を引いて、俺の前から立ち去ろうとした。顔を合わせてから、千歳は怯えた目をしたまま話そうともしない。昔からいつもそうだった。
「千歳、今度君に話がある」
「話?」
「ああ、大切な」
ビクリと千歳の肩が揺れた。それを見た馨が俺を睨む。
「千歳ちゃんにあたるのは止めろよ」
「……あたる?」
「そうだよ! さっきからお前、ずっと苛々してるだろ! 千歳ちゃんは何にもしてないだろ、可哀相だよ! 早く帰れッ」
俺はフッと笑う。馨は幼稚な割に洞察力があるということを思い出したからだ。
「俺は別に千歳を苛めている気はないのだけれどね。しかし君のナイトがそう言うなら、もう帰ることにするよ」
馨が俺の厭味に気付き、顔を赤くする。馬鹿な奴だ。自分の存在がどれだけ千歳を苛めているのか、考えもしない。仮に考えていたとして、それでも傍にいるだなんて愚か者のすることじゃないか。
「遊良君……あの……」
背を向けて歩き出す俺に、千歳が弱々しく話し掛けた。
「時間は嫌程ある。また次にしてくれ」
「……ごめん」
「遊良!」
俺は心なしか早足で二人の前から消えて行った。苛々は募るばかりだ。