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ねこ食堂  作者: 久乃☆
5/7

5.夏のセミ

 その日を境に、“ねこ食堂”が復活した噂は瞬く間に広がり、客が戻ってきた。


 しかも、客の誰もが口をそろえて、料理の味を褒めた。




「店はきれいだし、味はいいし。料理人は美人ときてる。じいさんにこんなに可愛い身内がいたなんて、知らなかったねぇ」


「それにしても、今まで顔を見たことがなかったのが不思議だねぇ」


「いやぁ、うまいね~。酒が余計にうまく感じるよ」




 女性は、おじいさんの意思を継いで、おじいさんの味を守り続けた。そして、お客さんの居心地がいいようにと、あらゆる工夫をした。


 ただ、店が再開したことを喜ぶ声と一緒に、ミーコがいなくなってしまったことを寂しがる声もあった。




「やっぱり、じいさんがいなくなって、ミーコは寂しかったんだろうなぁ。当たり前だけどね。寂しさのあまりに、この家を捨てたんだろうなぁ」


「何を分かったようなことを言ってるんだよ。ミーコがじいさんを捨てるような真似をするかよ」


「じゃぁ、何でいないんだよ。所詮は猫なのさ」




 事実、いなくなってしまったのだから、なんと言われても仕方のないことだ。


 女性は悲しそうに微笑むしかなかった。




 店を再開してから半年が過ぎ、セミがうるさく鳴く頃、開店前の扉を開けた若者がいた。




「すいませ~ん。まだ……」




 女性は、『準備中です』と言う言葉を飲み込んだ。




「雄大……さ……ん」




 涙がこみ上げてきた。


 雄大は、立派な青年となって戻ってきたのだ。


 写真で見続けてきた、高校生の頃の雄大は、8年の歳月を超えおじいさんの元へ帰ってきたのだ。




「あの……あなたは?」




 店先で、目に涙を浮かべ、今にも泣き出しそうな女性をみて、雄大は困惑を隠せなかった。




「おじいさんは? おじいさんは、どこですか?」


「おじいさんは、半年前に亡くなりました」


「え?! なんで……」


「突然、亡くなってしまって、何で死んだのかは、分かりません」


「あなたは祖父が亡くなるときに、そばにいてくれたんですか?」


「はい」




 二階へ上がると、部屋の奥に置かれた小さな仏壇がある。それは、きれいに掃除が行き届き、両親と祖父母の写真が飾られていた。


 雄大は、力なく座り込むとしばらく泣き続けた。


「……どうして連絡してくれなかったんですか……」


「連絡?」




 女性の声がワンオクターブ上がったように感じた。




「どうやって連絡できましたか? おじいさんは、毎日毎日、あなたからの手紙を待っていたのに、あなたは手紙すらくれなかった……。あなたが家を出たときに置いていった連絡先に連絡しても、あなたはいなかったじゃないですか! 今更、そんなことを言うのなら、どうしておじいさんが元気なうちに連絡をくれなかったんですか!」


「それは……連絡したかった。でも、連絡すれば自分に甘えが出ると思って、連絡できなかった」


「それでも! おじいさんは、ずっと待ってた! あなたからの連絡をずっと待ってた! どんなに待っていたか、あなたには分からないでしょう。あなたが帰ってくる日を、楽しみに……」




 涙があふれる。


 おじいさんのことを思うと、涙が止まらないのだ。




「あなたが帰ってきたら、この店を一緒にやるんだって。だから、この店を守るんだって、そう言って……それなのに、連絡を断つなんて! 酷すぎる! 身勝手すぎます!」


「……すいません。あなたがそれほど祖父を思ってくれて、感謝しています。俺も突然のことで、気が動転して……」


「それで……料理人になって帰ってきたということですか?」




 女性は、涙を拭くとしっかりとした視線を雄大に向けた。




「はい、おじいさんが納得できる料理人になるまでと頑張ってきました。きっと、おじいさんも……納得すると思う……」


「じゃぁ、お店……継いでくれるんですね?」


「そのつもりです」


「ただし、おじいさんの料理の味を崩さないでください。それと、おじいさんの意志も継いでください。おじいさんの意思があってこその“ねこ食堂”なんです」


「おじいさんの意志?」




 雄大は思いをめぐらしてみた。


 しかし、高校を卒業してすぐに家を出た自分には、おじいさんの意思といわれてもピンとこないのだ。


 果たして、おじいさんがどんな思いで、この汚い店を守ってきたというのだろう。




「あなたは、おじいさんの心が分からないんですか?」




 女性は驚きと悲しみの入り混じった顔を雄大に向けた。




「残念ながら、俺にはじいさんの気持ちが分からない。あなたは分かっているらしい。どうでしょうか、俺とこの店を一緒に守ってはもらえませんか?」




 雄大の申し出に、しばらく考えてから、深く頷いて見せた。


 それは、今雄大一人に店を任せたのでは、おじいさんの店ではなくなると思ったからだ。




「あの……、大変失礼ですが、まだ名前を聞いてなかった」




 女性は、静かに口を開いた。




「私は、ミーコです」


「あ、美衣子さんですね。宜しくお願いします」




 雄大は、その日から自分が修行してきた料理の素晴らしさを披露すべく厨房に立った。




―――おじいさん、雄大が帰ってきましたよ……。




 ミーコは、そっと仏壇に声を掛けた。



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