4.ミーコの願い
粉雪がちらつく中、おじいさんの葬儀が行われた。
近所の人たちだけの、小さなお別れの式となった。
「孫の雄大は、連絡が取れんのか?」
雄大のことを知っている人たちが、心配そうに話し合った。
「料理人になるって、都会へ行ったが。最近は連絡がないって、じいさん寂しそうだったな」
「そうか……。せめて、最後の別れに孫の顔を見せてやりたかったな。じいさん、強がりばかり言ってたけど、本当は待ってたんだよな」
「そりゃ、雄大はじいさんのたった一人の身内だからな」
「でも、ミーコが一緒にいてくれたんだから。それだけでも違うってもんだろう」
誰もが、おじいさんの枕元で丸くなっているミーコを見て頷いた。
「それにしても、この店……。雄大には連絡がつかんし、じいさんは死んじまったし。どうするよ」
「このままにしておいたら、物騒だしなぁ」
「空き家だと、付け火をするような悪いやつもいるからなぁ」
「だからって、じいさんの持ち物だよ。私たちがどうするなんて、決められないじゃないか」
目を真っ赤にしながら、近所の奥さんが言った。
すると、その場にいる全ての人が口をつぐんだ。
ミーコはそれらの全てを聞いていた。
じっと、全てを聞き漏らすまいと、息を殺すように聞いていたのだ。
葬儀が終わると、ミーコは家の中に一人取り残された。
葬儀に参列した人の中から、「このままでは、ミーコが可哀相だ」「誰か、ミーコを飼える人はいないのか」という話が出たが、結局誰も猫を譲り受けようと言う人はいなかった。
そして、ミーコ自身、誰かの家にもらわれていくよりも、ずっとおじいさんと一緒だった、この家にいることを望んだのだ。
「ミーコには、エサをあげに来ようよ。毎日、順番でさ」
結局、誰が面倒を見るというわけではなく、猫が好きな人が面倒を見れば良いんだということで落ち着いてしまったのだった。
おじいさんが、毎晩寝ていた万年床が片付けられ、冷え切ったコタツが部屋の片隅によけられていた。
寒さに耐えながら、ミーコは暗くなっていく部屋の中で、おじいさんを思い出していた。
(おじいさんは、この店を守らなければならないって言ってた。それなのに、雄大が帰ってくる前に死んでしまうなんて……どれほど、心残りだっただろう)
ミーコの目から涙がこぼれた。
(私が人間なら、人間になれたら。おじいさんのこの店を守れるのに……。私はずっと、おじいさんのやってることをみてきたんだ。何をしたら良いのかだって分かってる。それなのに、私が猫だから、人間じゃないから。……どうして私は猫なんだろう……)
ミーコは、おじいさんと一緒に手を合わせた仏壇の前に座った。
(神様がいるのなら、どうか私を人間にしてください。私は、雄大が帰ってくるまで、この店を守りたい! おじいさんの代わりに、この店を守りたいの!)
三日三晩、ミーコは仏壇の前から離れなかった。
そして、願い続けたのだった。
葬儀から7日目、店に暖簾が上がった。
店の前はきれいに掃除され、打ち水も忘れなかった。
ドアガラスは、雑巾で拭きあげられ、一点の曇りもなくなっていた。
店の前を通る人は、店の中から匂ってくる、おいしそうな香りに首をかしげた。
「おじゃまするよ」
そう言って、店に入ってきたのは、毎日顔を出してくれる老人だった。
店の中は、おじいさんが生きていた頃のように、きれいに整頓され、掃除が行き届いていた。カウンターには花が飾られ、カウンターを挟んだ厨房は磨きこまれていた。
鍋からは湯気が立ち上り、甘い香りが漂っていた。
それらは胃袋を鷲掴みにするほど、食欲をそそる香りだった。
(じいさんの料理と同じ匂いだ)
老人は、そう思った。
確かにそれは、おじいさんの料理と同じ香りなのだ。
二階から下りて来る足音と一緒に、女性の声が聞こえた。
「は~い、いらっしゃいませ~」
姿を現した女性は、優しくさわやかな笑顔を老人に向けた。
老人は、びっくりしながらも、きっと親戚か何かなのだろうと自分に言い聞かせた。
「店の前を通ったら、いい匂いがしてきたものでね。寄らせていただきましたよ」
「はい、おじいさん。いらっしゃい」
女性は、老人のことを知っているらしく、にっこりと微笑んだ。