3.小さな宴会
「相変わらず、この店の料理はうまいね~。この調子で、明日も美味しいものを作ってくれよ」
本日最後の客が暖簾をくぐって、店を後にした。
「疲れたねぇ。ミーコや、今日もお利口だったな」
最後の客を送り出すと、暖簾を仕舞い、店の片づけを始める。
店を開けるのも一人なら、店を閉めるのも一人だ。
先ほどまでの客の笑い声が嘘のように、店の中はしんとしている。
あるのは、鍋に残った少ない料理と、甘い香り。
「ミーコがいなかったら、寂しいだろうなぁ」
そう言うと、おじいさんはミーコを優しく撫でてくれる。
ミーコは椅子から下りると、おじいさんと一緒に階段を上る。上った先には、おじいさんとミーコの住まいがあるのだ。
「さて、ミーコ。今日も頑張ったから、一杯やるか?」
おじいさんは、コップに日本酒を入れると、コタツに入った。
ミーコには、温かいミルクと残り物の刺身が、小さな皿に盛られた。
一人と一匹の小さな宴会が始まるのだ。
「今日はどうしたんだろうな……。いつも以上に疲れてるな」
コップの酒を半分も飲まずに、体がだるいと言って横になってしまった。
窓ガラスを叩く風の音は冷たく、部屋の中ではヒーターの音が温かさを呼んでいる。
深夜のテレビは賑やかに笑っているが、何を言っているのかミーコには分からなかった。
翌朝おじいさんは、いつもの時間になっても起きることはなかった。
具合が悪いときは、店のガラス戸に『本日、店主の希望で休む!』とビラを貼るのに、今日はそれすらないのだ。
昨夜、コタツで横になったまま、布団に入ることもしなかった。
ミーコは、一晩中おじいさんのそばで寝ていたのだが、日が高く上っても目を覚まさないおじいさんに不安を抱いた。
しかし、どんなに不安を抱いても、猫である自分にはどうすることもできないのだ。
何度も何度も、おじいさんを起こすように、鳴いてみた。
いつもは『舐めたらいけない』と言われる唇を舐めた。
唇を舐めれば、怒って起きるのではないかと思ったのだ。
しかし、おじいさんはそれでも目を覚まさなかった。
夕方になり、いつもなら暖簾を上げる時間に、ミーコは店に下りた。そして、近所の老人の足音が聞こえると店の中で必死に鳴いた。
(お願い、気づいて! おじいさんが変なの! 助けて!)
自分ではどうすることもできないもどかしさを、何とか伝えたくて、必死に鳴いた。
老人は、いつもなら上がっているはずの暖簾がないことを不思議に思った。さらには、いつもは鳴かないミーコの鳴き声に、ただならぬものを感じた。
しばらくすると、店の前にたくさんの人が集まり、店の鍵は難なく開けられた。
集まった人たちが『こういうときは、ボロ屋の方が役に立つ』と言いながら、ミーコには目もくれずに階段を上がっていった。
「おーい、じいさん! どうした!」
何人もの人が階段を上がり、そして動きが止まった。