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ねこ食堂  作者: 久乃☆
2/7

2.心遣い

 月に一度は届いていた手紙は、おじいさんの喜びだった。


 しかし、月に一度が2ヶ月に一度になり、連絡が来なくなった。


 おじいさんは、毎日郵便受けに手を合わせ、手紙が来ていることを願った。


 しかし、北風がおじいさんに吹きつけようと、真夏の太陽が照りつけようと、おじいさんの願いは届けられなかった。




「きっと、忙しいんだよ。料理人になる修行は、そりゃあ、大変なんだ。ワシが若い頃は、殴られ蹴られして、覚えたもんだ」




 手紙の入っていないポストを閉めると、おじいさんは辛そうにミーコに言った。




「先輩の味を、鍋を洗うときに舐めて覚えるんだよ。そうして、こっそりと勉強するんだ。料理人になるのは、本当に大変なんだよ。だからな、手紙が来ないのは仕方がないんだ」




 ミーコはじっと、おじいさんの話を聞いていた。


 おじいさんの声を聞き、言葉を心に刻んだ。




「便りがないのは良い便り……。昔の人は……すごいな……」




 最後のほうは、声が小さすぎて、ミーコにすら聞こえなかった。


 それでも、孫の雄大を待ち、ひたすら料理を作り続けた。




「いい匂いだねぇ」




 暖簾を上げると、一番にやってくるのは、近所に住む一人暮らしの老人だ。


 おじいさんとは長い付き合いらしく、毎日のように夕飯を食べに来るのだ。




「ここの飯を食わんと、一日が終わらんのさ」




 老人は、ニッコリ笑うと厨房の椅子の上で、静かに寝ているミーコを見た。




「ミーコが来てから、もう8年か」


「早いもんだね」




 おじいさんは、振り返ってミーコを見た。


 ミーコはうっすらと目を開けると、物憂げに二人を見た。




「もう、ミーコのいないこのボロ食堂なんて、想像できないな」




 老人は、一杯のコップ酒を飲みながら、ひゃっひゃっひゃと笑う。




「確かにボロだが、あんたにボロと言われちゃ、情けないわぃ」




 おじいさんも楽しそうに笑う。


 料理を作り、お客に食べてもらう。


 おじいさんにとって、それが何よも嬉しいらしい。一日の中で、一番楽しそうに笑うのだ。




「ミーコは小さい頃から、この椅子の上で、ずっとワシを見てきている。いわば、ワシの女房みたいなもんだ」


「違いない! しかし、こんな老いぼれの女房にされたんじゃ可哀相だ。せめて、娘ぐらいにしてやれや」


「あぁ、そりゃそうだな」




 温かい店に、ちらほらと客が入ってくる。


 決して大繁盛というわけではないが、誰もが居心地よく時間を楽しめる店なのだ。




「今日のお勧めはなんだぃ?」




 一日の仕事を終え、汗と埃で真っ黒になっている男性は、3日おきに顔を出してくれる。


 必ず、同じ席に座り、お勧め料理を聞いてくるのだ。




「そうだなぁ、今日はあんたの好きな炊き込みご飯を作ったけど、食べるかい?」


「オレのために作ってくれたのか? 嬉しいねぇ」


「今日は、誕生日だろ? そのぐらいしか、ワシには祝ってやれないからな」




『うちに来る客は、客と言うより家族なんだ。誕生日くらい、祝ってやりたいじゃないか。だから、客の好きなものを作るんだよ』


 おじいさんは、ミーコにそう言って聞かせてきた。


 この人は天ぷら、あの人は煮物。


 大したことはできないが、せめて店に来たときぐらいは、生まれてきたことを喜べるように、というのがおじいさんの心遣いだった。



 そうして、店はボロいながらも、みんなの安らぎの場所として、守り続けてこれたのだ。


 ミーコはそんなおじいさんを見守りながら、いつも思っていた。




―――私にできることは何だろう。


     私が人間になれたら、きっとおじいさんを助けてあげるのに。




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