1.おじいさんと“ねこ食堂”
北風がガラス窓を叩く季節。
店内には、美味しい香りが漂っている。
ここは、『ねこ食堂』。
ねこ食堂といっても、ネコがお客さんというわけではない。
さらには、店主が大のネコ好きで、たくさんのネコを飼っているわけでもない。
つまりは、店主の名前が『根古屋』という苗字であることと、多少は猫が好きだということからきている、ダジャレだろう。
そして、猫が好きだということで、確かに一匹だけ真っ白な猫が店にいる。
看板猫のようだ。保健所に知られたら、問題になりそうな話しだが、店自体が問題になりそうなほどのボロ屋なので、気にしないでいただきたい。
さて、店主はどんな人かというと、昔はかなりのイカシタ青年であったのかもしれないが、今はどこにでもいるおじいさんだ。
奥さんは、十数年前に他界してしまった。
子供がいたが、残念ながら事故にあって、息子夫婦はたった一人の孫を残して死んでしまった。
おじいさんは、一人残された孫を大変可愛がった。
その孫は、両親がいない寂しさを感じることもなく、おじいさんに愛され育った。
そして、8年前。
「じいちゃん、オレ……。料理人になりたいんだ」
と、決意を言葉にした。
それは、高校を卒業する年のことだった。
「料理人になって、どうするつもりなんだ?」
おじいさんは、ほんの少しの夢を抱きながら、孫の雄大に聞いた。
ほんの少しの夢、ちょっぴりの期待。
大きく抱けば、失望に変わったときに苦しむことは、長い年月を生きてきたおじいさんには分かっていたのだ。
「料理人になって? 決まってるよ! オレは、料理人になって、この店をじいちゃんと一緒に大きくするんだ!」
おじいさんは、涙が出そうになるのをぐっと堪えた。
嬉しくて、嬉しくて……。
できることなら、大声で泣きたいほど、嬉しかったのだ。
「だから、料理の勉強に行かせてくれ!」
おじいさんは、コクコクと頷くと、雄大が安心して勉強できるようにと、今まで以上に頑張って美味しい料理を作り、店を守り続けた。
しかし、雄大が出て行ってから、頭では分かっていることでも、心は寂しくて仕方がなかった。
「勉強したら……立派な料理人になったら、きっと帰ってくるから」
そう言って出て行った。
一人になってしまった家は、ひんやりとしていた。
毎朝、仏壇に手を合わせ、雄大が頑張れるように、健康でいられるようにと祈った。
そんなある日、店の裏に真っ白な子猫が迷い込んできた。
おじいさんは、お腹の空いている子猫が、まるで雄大の代わりのように思えて、温かいミルクを飲ませてやった。
その日から、子猫はミーコと名づけられ、朝はおじいさんと一緒に仏壇で拝み、昼間はおじいさんのそばで店の様子を見てきた。夜は、おじいさんの心を埋めるように、一緒の布団に寝た。
ミーコが、おじいさんの心の支えになるのに、時間は掛からなかった。
「ミーコや、これが雄大だよ」
店を閉めると、店の残り物を肴に、おいしそうに酒を飲んだ。
テレビの音が流れる部屋の中で、おじいさんは雄大の写真を指差し、ミーコに話すのだ。
「いつか、立派な料理人になって帰ってくるんだ。そして、ワシと一緒に、この店をやってくれるんだよ。分かるか? その日まで、ワシはこの店を守らにゃならん。ミーコも一緒に守ってくれるか?」
そう言って、孫が帰ってくる日を、楽しみに待ち続けていた。
来る日も、来る日も、待ち続けていた。
ミーコがおじいさんと暮らし始めて、3度目の冬。
雄大からの連絡が途絶えた。




