第5話 天下一の軍学者
前田慶次は、その有名さに比べてなにをやったかいまいち知っている人は少ない。実際、この男の武功は、長谷堂の戦いでみごとに殿<しんがり>を果たしたぐらいだ。
だが、おれは武功がこれぐらいなのは慶次が仕官するのがおそかったからだと思っている。だからもっと早目に仕官しておればもっと武功を立てていたと思う。
「前田殿、拙者は足利幕臣の山田太郎左衛門と申します、どうであろう、幕臣にならぬか?」
「なにっ。こんな傾気者をか!?」
佑光が声をあげる。光秀は笑っている。で、当の慶次は
「そいつはなんねえ。」
と、拒否しやがった。
「なんででござるか?」
「義輝公がわしが仕えるべき主君かわかりませぬ」
「それは」
と、佑光がずいっと割り込んできた。
「上様は、この乱戦を収めるべく日夜奮闘なさりしおかた、現に剣もすぐれております。まさに将軍職にふさわしきおかた。」
「さにあらず」
慶次はにやりとした。
「拙者は傾気者よ。だから傾気者のものにしか仕えぬわ。」
おれはどうするか迷った。だが、おれの横の佑光は、ずかずかと歩きだし、慶次の前で止まった。
「ん?どうした?」
慶次がぽかんとした顔をしたその瞬間
ガッ
「お、おい!」
佑光が慶次を思いっきり殴った。いつもみたいにおれにする殴りじゃあない。もっと強いものだ。
「なにしやがんだ!」
慶次が叫んだ。
「ふん。甘えたものの目を冷ましたかっただけだ。」
「おれが甘えているだとぉ!」
慶次が佑光の胸ぐらをつかんだ。佑光は動じず、静かに話し始めた。
「ふっ。傾く、傾かぬ以前に貴様の名などしれわたっておらんわ。まずは有名になれい。世をみれい。偉大なるお方の背中をみい。わしだって」
そこで佑光は黙った。そして吠えた
「天下一の軍学者、沼田三朗兵衛佑光の名を広めるためにここに今、おる!そして一歩でも上様のようなお方になるためにも!」
おれは、ただ誇り高い男と思っていた佑光がこんなに熱い思いをもっていることにびっくりした。
「フ…フハハッ!いいだろう、この前田慶次郎利益、足利幕府にお仕えいたす!」
こうして、前田慶次が幕臣となるという、日本史、戦国の世は少しだが、変化した。おれはまあいいかというぐらいにしか思っていない。