第41話 大将首
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【元亀二年 沼田三郎兵衛祐光】
「掛かれ!掛かれ!」
信勝の声が聞こえる。
山田大隅守信勝。寄親にして上司。
そして友人。
その信勝が男を見せている。
なら、わしも命を張らねばな。
「いくぞ!御大将の支援をいたすぞ!掛かれ!」
わしに武力はないが、やらねばなるまい。
槍をとって赤備を突き伏せる。ここでいかねばなるまい。
「天下一の軍師、沼田三郎兵衛祐光、推参!」
わしは山田大隅守信勝の軍師なのだから。
【元亀二年 徳川三河守家康】
「申し上げます!酒井隊、本多隊、高力隊壊滅!
馬場美濃、内藤修理、本陣にむかっております!」
「ええい!ふがいない!山田殿を見習わないか!
赤備相手に粘っておる!」
「殿、そう言われますな。赤備は3千。摂津衆も3千。同数でございます」
「しかしな、次郎左衛門!」
「しかしも案山子もあるますまい」
次郎左衛門は前方に指を指した。
「内藤、馬場は8千。われら本陣は二千。勝ち目はなし。故、わしと兜を交換し、あの敗走兵に混じって浜松にお逃げくだされ」
「なにっ……」
「見くびらぬよう。殿が逃げる時間ぐらい稼げる」
次郎左衛は当然のように、兜を脱ぎ始めた。
「総大将が逃げれるか!わしもここで死ぬ!」
はあ、と二郎左衛門はため息をつく。
「死ぬ死ぬは殿の口癖でありますな。桶狭間のとき、一向衆に追いたてられたとき。そして今」
ちがう。ちがう。人質の頃より頭を下げ、一向衆に一騎で逃げ回ったわしだが、誇り高くありたい。それが、ここで逃げ出せば、世の人はわしをなんというか。
「殿、過去は変えられるという言葉をご存じか?」
「しらん……」
過去を変える?どういうことだ?
「殿がこの先、大大名になったならば、人質生活も、この敗走も世の人々は美談とするでしょう。
ならば、殿の過去は意味を変えていきます。
逆にここで討ち死にならば、それこそ殿の過去は
意味なきものになるでしょう」
「……わしは大大名になれるのか?」
「ええ。織田上総介が勝つのでしょう?ならその覇道を助ければ殿は大大名になるでしょう。それに」
次朗左衛門は言葉を切った。
「殿は優れたお方です。でなければ命を捨てませぬ」
微笑みながらそういう次朗左衛門は、まさしく光輝いていた。
「すまぬな。次朗左衛門……」
「いえ」
わしは次朗左衛門と兜を交換した。つまりこれが今生の別れとなる。
わしは兜を被る。
「フハハ、わしのぼろい兜を被ると、殿はせいぜい3百石取りにしか見えませぬな」
「そなたは似合っておるぞ」
「当然にござりましょう」
ここでさらばだ。
大大名になられますよう……
風に消えた次朗左衛門の言葉はわしの耳には確かに聞こえた。
【元亀二年 夏目次朗左衛門吉信】
重いな……わしは兜をさわる。三河、遠江の太守である殿の兜はいろいろ装飾が施されているため、重たい。
ふ、太守か。わしが一向衆につき、殿を追いたてたとき、わずか一騎で逃げ惑っていた殿がな。
が、そんな殿も、わしを許してくれた。
天下への道を邁進している織田家と、天下最強の兵を持つ武田家。この両大国に挟まれながら、
あらゆることに励んでいけば、殿は
高みに昇れる。
「お主ら、少しでも殿を逃がすぞ!」
迫り来る武田軍を見る。ふ、いい面構えよ。
「我が名は、徳川三河守家康!大将首が欲しければかかって参れ!」
殿。
夏目次朗左衛門吉信は幸せにございました。




