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乱れしこの世で夢見たり  作者: 泰兵衛
第3章 元亀争乱!!
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第30話 ネズミ

【元亀元年 掘久太郎秀政】


殿をおこした後、すぐに伝令がきた。


「報告!坂井殿、お討ち死に!」


「で、あるか」


殿はそれだけつぶやいた。


「久太郎。あれをみろ」


すっと指差された場所にあるのは、長政一代の家紋、三つ盛り亀甲。つまりこれがしめすのは

敵の先陣は浅井備前守長政ということだ。


殿は急に兜を脱ぎ捨てると、脇差しで髷を切った。髪が横に垂れる。


「長政、われの逃げ姿、その目に焼き付けよ」


殿はそういうと、馬を駆け出させた。


「殿、退却でございますか!」


「否」


「しからば!これは」


殿はこちらなど一切見ずに言う。


「佐久間、権六、滝川、五朗左、光秀は言うに及ばず、優秀よ。だが、ネズミ、山田も磨けば光る器。こやつらを信じろ」


いつになく殿は多弁だ。


……殿の御運を信じるしかあるまい。


【元亀元年

山田大隅守信勝】


軍議中のおれたちに飛び込んだしらせは、織田軍、奇襲をうけ信長は馬廻り衆を引き連れて、距離をとったこと。坂井殿は討ち死にしたこと。浅井軍は佐久間さんがなんとか凌いでいるということ。


「すぐ、織田軍に助太刀すべきではないのか?」


和田さんが龍ヶ鼻を指差した。


「いえ、和田殿。あれをご覧くだされ」


光秀の指差す方向は、朝もやに差す冷たい光りが反射している。その奥には、大量の、1万ほどの兵がいる。旗印からみて、率いるのは、遠藤喜右衛尉直経だ。


「大方、農民や僧兵でありましょう」


足利は6千だ。


「おれがでる」


慶次が、浅井の方向を向いている。


「山田、おれの部隊がでる。ほかの野郎はおれたちの支援を頼む」


「あほか、慶次、てめえの部隊はたった2百じゃねえか」


おれは、必死に制止する。


「数とか、軍学とかは主らの仕事よ。おれの仕事は、目の前の敵を切り伏せることのみ」


それだけ言うと、慶次は大股で退出した。


「……よし、我々は全力で慶次の支援にあたるぞ」


幽斎さんが覚悟を決めたように言う。なら、おれもそれに従うのみだ。


いくぞ!


おれは高槻勢の中へと戻っていった。


【元亀元年 佐久間右衛門尉信盛】


「ええい!敵を殿に近づけるな!退き佐久間の意地をみせてやれ!」


わしが退き佐久間とよばれておるのは、部隊の進退指揮と、損害を見極めることがうまい

からだ。


部隊をさげ、新手をだし、そして距離をとって退く。


しかし、これ以上退けば殿の本陣がやられる。


「今の部隊を下げよ!新手をだす」


「申し上げます!敵の磯野部隊に側面をつかれました」


くっ。敵の正面からの攻撃が強すぎて側面など気がまわらなかったわ。


どっと、閃光のようにひとつの部隊がわが部隊を突破する。


……あれは長政!?


「くそっ!浅井備前をいかせるなあ!」


わしの大声もむなしく浅井長政は殿の方へ走っていった。



いまは、磯野をなんとかしなければ!


【元亀元年 掘久太郎秀政】


佐久間様が突破されたか。


「馬印を倒せ。馬廻り衆はここ待機。われは一騎で横山勢を待つ」


「はっ」


馬印を倒し、退却にみせかけるというわけか。


「武運を」


いつものように。殿は短くそれだけ言うと、横山へ走っていった。


「信長ぁ!」


間違いない。敵の先陣の先頭を切っているのは、浅井備前守だ。


「あれなるは、敵の大将、浅井長政よ!うち漏らすなよ!」


馬廻り衆筆頭の前田殿が槍で長政を指し示す。


ここで馬廻り全員討ち死にでも殿は、織田家は守る。守って見せる。


【元亀元年 浅井備前守長政】


ここで義兄上の首をとる!義兄上の首が胴から離れた瞬間が織田家滅亡のときよ。


「すわ、かかれえ!」


この馬廻り衆にどうやら義兄上はいない。ならここを突破すれば義兄上の首に手が届く。

小谷で思い描いた夢を現実にしてみせよう。


この浅井長政が天下に立つ。


【元亀元年 前田慶次郎利益】


「よっし、いくぞお前ら」


「おいっす!」


おれの軍は山田に頼んで荒くれものを集めさせている。だってそのほうが天下一のかぶきものにふさわしいだろ。


2百人で1万の大軍に特攻する。これに勝ることがあるのかい。


「慶次。武運を祈ってるぞ」


山田が苦い顔をしながら、こっちにきた。


「バカ言ってんじゃねえよ」


おれは山田の胸を拳でついた。山田がよろける。


「なら、はやく遠藤の首とれよ。おれは帰ってお犬様とイチャイチャしてえんだ」


「ぬかせ」


半笑いの山田におれは笑い返す。


おれは浅井軍に先陣を切った。


「近き者は目に見よ!遠き者は音に聞け!我が名は天下一のかぶきもの、前田慶次郎利益なり!」


【元亀元年 木下藤吉郎秀吉】


わしは、ネズミじゃ。


夢や大望なんて口先だけ。頭の中を占めるのは、

目の前の出世だけ。


そんな薄汚いネズミじゃ。


そんなわしに3千の兵が与えられ、佐和山1千を攻めておる。


「殿が奇襲をうけたか……!?」


助けにいくべきなのだろう。ここに抑えをおいて。でも、そしたら佐和山の1千は必ずその抑えに攻めかかるし、勢いある浅井に攻撃する木下軍も大損害だ。


ここにおるものをわけるなら3つ。


食うためにわしとおるもの、殿の命令でわしとおるもの、これらはいい。問題は

わしを大人物と見込んでおるもの。


「殿」


その問題の筆頭格、竹中半兵衛だ。


「織田様のもとへといきなされ。それがしが抑えをつとめまする。兵は5百で十分」


「しかし……」


こんなネズミのためにだれも死なせたくはない。


「殿、あなたは大人物」


やめろ。おれはそんなんじゃない。


「ならば、大人物らしく部下に死ねと仰せられよ」


そうだったのか


わしの目が見開かれる。


そうだ。わしがネズミにすぎないのは、この目の前の3千のことも見えていないからだ。


わしがこの木下藤吉郎がこいつらにいい暮らしをさせるのだ。


「半兵衛」


「はっ」


「お主に3百を任す。佐和山勢を死んでも姉川にいかせるな。ほかのものどもはわしについてこい」


「御意!」


半兵衛は死ぬかもしれぬ。が、わしはその屍も上にたってでも、ネズミから、侍へとなってみせる。

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