第23話 勝鬨
放たれた鉄砲に、敵軍の何人かは倒れていく 。
しかし、敵は次々と新手をだし、おしだしてきた。
敵の考えはわかる。火縄銃の射程は約100メートル。そして火縄銃を発射するには、皿に火薬を盛り、火縄に火をつけ、そして発射という戦場において気の遠くなる作業をする必要がある。この間60秒。
だから、火縄銃は今まで敵の先鋒を波打たせることだけが目的だった。
だが、おれたち山田軍は違う。この火縄銃は主戦力だ。
せいぜい驚いた顔でもするんだな。
おれは、一列目と二列目が交代していく、沼田鉄砲隊をみながら思った。
【元亀元年 中川瀬兵衛清秀】
鉄砲隊を先鋒におくとは、戦を知らぬ青二才め。
わしは、山田大隅守なる敵の大将を思い、ふんと鼻を鳴らした。
鉄砲とは、先鋒を波打たせるためのものだ。二段目あたりにおき、うてば後陣に下がるのが当然だ。
わしは、弥助殿ーわしの従兄弟の村重殿より。この先陣をまかされている。
弥助殿が大きくなれば、わしの身代も大きくなるであろう。
火縄銃の使い方もしらぬ山田大隅守と、それに追従する茨木左衛門尉の首をわが中川勢だけで刈り取ってやる。
福井谷の土豪にすぎぬわしが、城主も夢ではあるまい。
わしが、一人ほくそ笑んでいると、先陣が崩れているではないか。
……一体どうなっているのだ。
わしが疑問に思っていると、先陣からの使い番があらわれた。
「申し上げます!先陣、敵からの射撃をうけ崩れております!」
「なんじゃと!射撃の後の間隔はないのか!」
「そのようでございます!」
どういうことじゃ。どういうことじゃ。
わしはあたまが混乱する。
「ええい!そのようなまやかしに惑わされるな!敵は小勢!恐れるなぁ!」
「御意!」
使い番は走り去っていった。
【元亀元年
沼田三郎兵衛佑光】
敵は思った通り崩れておる。しかし、このような三段打ちなるもの、よう信勝は思い付いたわ。初めはただのいけ好かんやつだったが、少しぐらい、いや、ほんとに少しぐらいわしはやつを少しぐらい、認めはじめているのだ。
「はなてえ!」
わしは大声で号令した。
【元亀元年 荒木信濃守村重】
火縄銃を連続で撃つなどというにわかには信じがたい状況がおこっている。
「とにかく、一度、瀬兵衛を引かせえ!いたずらに死人がでるだけだ」
くそ。だが、われらは数で勝っているのだ。瀬兵衛を引かせ次第、押し寄せてくれるわ。
【元亀元年 中川瀬兵衛清秀】
「それがし荒木家の使い番!中川軍は、一度ひき
荒木家と合同し、敵をふみつぶす、と、殿の仰せにございます!」
「なにっ!弥助殿が一度引けと申したか」
「はっ」
くっ……。弥助殿はここ摂津で頭角を表してきておる。
摂津の主になるであろう。だがわしはその時弥助殿の家臣だ。
今、ここで手柄をたて一大勢力となり、摂津は、わしと弥助殿が同盟し治めていくという形にしたい。
そのためにもここで山田大隅守と茨木左衛門尉は、わが軍で撃ち取らねばなるまい。
そうだ。問題はあの鉄砲隊なのだ。なら、これを包囲すればいいだけではないか。
「いや、拙者には妙案があり申す。弥助殿にはわが手勢にお任せあれと伝えてくれ」
「しかし……」
「くどいぞ!!」
わしは、使者を追い払った。
「よし、軍を広範囲に展開せよ」
わしは指示を出す。
必ず、成り上がってみせるわ……
【元亀元年
山田大隅守信勝】
そろそろ、敵も動くかな?どう動くか。多分、村重自らの出馬だろな。
そう思っていたら、中川軍が軍を広範囲に展開させている。
おれはその光景は信じられなかった。
【元亀元年 荒木信濃守村重】
瀬兵衛は何をしておる!敵の前で急に展開するなど、軍を崩しておることにかわりないではないか!
中川軍は、このまま山田軍が攻めれば終わる。そうすれば、そのまま山田軍は荒木軍に向かうだろう。
瀬兵衛討ち死にの間に引くしかないな……
「撤退準備をせえ!」
ええい!しかし高槻を攻めとる機会はまだあるはずじゃ!
【元亀元年 山田大隅守信勝】
「好機だぞ!茨木隊と、前田隊は中川軍につっこめ!のこりは、おれと共に安威川を押しわたり、村重の首をとる!」
おれは馬に乗る。そのまま突っ走る。
「殿おみずから斬り込むおつもりでございますか!?」
長盛が絶叫する。
「そうだ!」
「なにゆえ!」
長盛は必死におれに追いすがる。おれは自分の馬の尻を鞭で叩く。
「歴史を変えるためだ!」
そうだ。村重を討ち、歴史をかえる。そしておれたちは生き残るんだ。
「けっ。無茶する野郎だ」
「ごめんな。佑光。だが、おれが死んでもおまえは死ぬなよ」
「へっ」
佑光は、にやりと笑う。
「おれが死なせはせん。安心してつっこめ」
おれは、佑光の言葉に、頷いた。
「右近!怖くないか!」
「ゼウスのご加護があり申す故、大丈夫にござる!無論、殿にも!」
「おれは切支丹じゃねえがな!」
おれは、笑った。
川に入っても、馬はその走りを少しもゆるめない。ゆるませない。
風が気持ちいい。
さあ、日本史をかえるか!
【元亀元年
荒木信濃守村重】
「報告いたします!中川軍、崩され、中川様、馬廻り衆で奮戦!茨木隊を退け、現在、前田隊に押し込まれております!」
瀬兵衛はもたぬ。もう首となるのは時間の問題であろう。
「撤退準備をいそげ!」
わしが指示をだす。しかし、そこにドタドタとひとりの男が入ってきた。
「なんじゃ!さわがしい!」
「は、申し訳ございません!しかし、報告が!
山田軍1千、こちらに向かっております!」
「なにっ!」
瀬兵衛に向かったわけではないのか。ただ愚直に
総大将の首を狙ってきたのか。
「それともうひとつ!」
「早く申せ!」
わしは苛立っている。
「は!先鋒、その勢いに散りました!すでに撤退準備に入っていた部隊も蹴散らされております!
ご本陣到着まであとわずか!」
バカな……どうして……
わしは馬に飛び乗る。逃げるしかあるまい。もうひたすらに。
「一番槍もらったあ!」
ひとりの男がついに本陣に到着したようだ。その男の顔をみてわしはなにがなんだかわからんかった。
間違いない、高槻の主、山田大隅守信勝だ。
大将自ら、先陣をきっただと……!?
わしは考えることをやめ、逃げることのみを考え、馬を走らせた。
【元亀元年
山田大隅守信勝】
「追え!逃がすな!」
もう、勝ちは確定だ。あとは追い続けるのみ。
「茨木まで攻めて攻めて攻めまくれ!」
おれは一気に走る。敵はもう殿とかなにもない状況だった。
すでに、村重の馬印が倒れているのもみた。
「茨木を落とすか!」
「あたりめえだ!」
おれは茨木のみを見つめた。
【元亀元年
荒木信濃守村重】
くそっ……兵が少なすぎる!これでは茨木にもどっても、防戦どころではない!茨木城にはほとんど兵はおいていないのだ。
やむを得ぬ。池田まで落ちるしかない!
くそがぁ。このわしが……落武者かくやという惨状にまで……
摂津の主になるという野望が、崩れ落ちる音が聞こえた気もした。わしは目を閉じた。
◇
【元亀元年
山田大隅守信勝】
「茨木城は、すでにもぬけの殻だ」
茨木城に入ったおれに、佑光が報告する。
「村重は?」
「池田まで落ちのびたのだろう」
これ以上は無理だな。おれはふうとため息をつく。
「山田ぁ」
慶次だ。うれしそうだ。
「中川瀬兵衛清秀、一騎討ちの末撃ち取った」
慶次が、首を投げる。
「へ。ようやったわ」
「殿」
右近か。
「此度は、大勝利。勝鬨をあげられませ。」
「ああ」
すっかり忘れていた。おれは城外までいく。
兵をみる。全員血まみれだ。無論、おれも、佑光も、慶次も、右近も、長盛も、茨木殿も。
そして、兵みんなも。
みんなのお陰だな。
「みんな!ありがとな!おまえらのお陰で勝てた!勝鬨をあげて、おれたちを祝おうぜ!」
エイエイオオオオオー
勝鬨が安威川に響く。
おれは安心したからなのか、疲れがどっときた。
眠い。




