第21話 で、あるか
おれたちはなんとか足利家の領地である若狭まで帰還できた。が、まだ安心できない。もし殿の三人がしくじれば、若狭に軍が押し寄せてくるからだ。
京へ入らないといけない。
そのためには近江の朽木谷を通る必要がある。
朽木谷2万石を領有するは朽木信濃守元綱。
信濃守といえば、村重もだが、かれらは自称だから、かぶることもある。
朽木が、もし長政に賛同したら、おれたち3人は終わりだ。いや、信長がいない織田家も終わりだろう。
正史では、この朽木元綱は、開城する。
こっちの歴史では、どうかな……
「織田様、ここ若狭は留守兵が2百ほどいます。つれて参りますか?」
「ならん。もし朝倉が攻めてまいってはここ若狭が危ない。若狭をとられれば、浅井、朝倉の領土が繋がる」
そうだな。ここ若狭が無事なら浅井、朝倉を各個撃破できる。
「上総介殿、でも3人じゃあ野党の類だぜ?」
「なら、9人つれていく。この数ならすぐ用意できるであろう。山田、いってこい」
なんだよ、9って、野球でもするつもりか。
おれは、言われた通りできるだけ屈強そうな若者をつれてきた。
「いくぞ」
自信満々の信長をみて、おれは今まで本で読んできた信長のイメージを見直している。
この男は、神も仏もなにもかも信じなかったといわれているが、おれはそうは思わない。
織田信長は、自分のことだけは信じているんだろう。いや、根拠はないが。
だとしたら……
超孤独じゃないか……
拠り所がない。
いや、信長はそれをわかっているから、爺の約束
を仮初めの拠り所にしているのか?
ただ、とにかくおれは、この孤独大魔王織田上総介信長を無事に京にいれさせてやらないと。
おれは決意を新たにした。
◇
おれたち12人は、朽木城の前にいくと、その前にはたくさんの兵が待ち構えていた。
……なんでもう臨戦体制なんだよ。
「織田上総介信長殿か!」
その先頭にいる小顔の男が叫んだ。
あれが、多分、朽木信濃守なんだろう。
「いかにも。」
信長は、ずいと前に出て答えた。
なんで、こんなに剛胆なんだよ。普通そこはおれとかに答えさせて、自分は逃げる準備とかするもんじゃないのか。
「この先通すわけにはいかぬ!」
……ほらきた。信長め。なにが共は9人でいいだ。
「まあ、そういきり立つなよ。朽木。」
「松永殿……」
「弾正、信州殿と知り合いだったのか。」
「まあな。」
どや顔をして、鼻をふんと鳴らした弾正は不快極まりないが、ともかく、助かった。この松永弾正忠はこういう時だけ、おもに朽木谷を通りたいときだけは役立つみたいだ。そう、弾正はガイドになるべきなのだ。そしたらこきつかうのに。
「話しようや。朽木」
弾正は、朽木城を親指で指差しながら言った。朽木信濃は無言で頷いた。
「てめえも来るんだよ」
「わっ!」
おれは、弾正に引っ張られてつれていかれた。なんでだよ、別におれ必要ねえじゃないか。
「む、そちらは?」
「あ、おれは山田大隅守信勝です。」
◇
「しかし、あの松永殿が上総介の護衛をしてるとは驚きましたな」
そうなのだ。弾正は義輝公を弑逆し、奈良の大仏を焼いた大罪人なのだ。まさに人非人。
「そうだなぁ。まだ上総介は生きてたほうが楽しいからな」
頬杖をつきながら喋る弾正に、朽木信濃が反応する。
「しかし、義弟にも裏切られる上総介だ。もう先はあるまい」
おれはそう言った朽木信濃の顔をみた。今までおれが出会ったどの男ともちがう顔だ。
ーそうか。わかった。
「信州殿。あんた考え違いをしてますよ」
「む。隅州殿、いかなる意味で?」
本当にわからないという顔をしている。
「信長がどうなるか、じゃなくて、信州殿
が信長を、いや、日ノ本をどうするかですよ」
朽木信濃は押し黙る。そうなのだ。おれが今まで会ってきた男たちは、それぞれが日ノ本をどうするか、我が身をどうするかということを考えてきたやつらだ。
でも、この朽木信濃は、ちがう。朽木谷2万石で世界が完結してやがる。
「信長がわずか9人しかつれていないのも、信州殿が自分をどうするのか待っているんですよ」
そう想像するしかない。おれは畳み掛ける。
「上様におかれては、上総介信長に天下の政道をお譲りするお考えだ。信州殿は、信長に天下をとらせるのか、長政にとらせるか、はたまたご自分がとるか、お考えくだされ」
朽木は迷っている。というか、困惑している。そりゃそうだ。いきなり世界が朽木谷から日本まで広がったんだ。
「朽木ぃ。考えてみろ、てめえがもしここで上総介を討っても主役は浅井備前だ。てめえは、わずかな領土をえるだけだ。だが、ここで上総介を助け、上総介が天下をとれば、貴様は天下様を救ったということで、莫大な名誉を手に入れれるぞ」
弾正が一気に捲し立てた。
「ううぬ……」
朽木は腕組みをして、目をつぶっている。
「あいわかった。それがしは織田上総介信長殿を天下人とする」
朽木がまっすぐ前を向いた。
おれは、。朽木に礼を言い、信長に伝えた。信長は一言。
「で、あるか」
とまるで、これを予測していたかもような口振りだった。
おれたちは朽木に護衛兵をつけてもらい、京に入り、義昭公の居城、二条城に入った。
「おお!三人とも大丈夫か!」
って大声で心配する義昭公に
「……少々、下手を打ち申した」
と、信長は仏頂面で答えた。
◇
なんとか高槻に帰ったおれを待っていたのは信じられない状況であった。
長盛が膝をつく。
「殿、ご無事でなにより。しかし大変なことが」
「なんだ?」
長盛は、がばっと顔をあげた。その顔には冷や汗が浮かんでいる。
「……池田家筆頭家老、荒木信濃守村重、謀反でございます」
「なに!詳しく申せ!」
「はっ!」
長盛は話し始めた。
まとめると、荒木村重は、池田の親族、池田九衛門知正なる馬の骨をかついで、筑後守勝正を追放。当主をこの九衛門にかえた。そして、阿波に逃れている足利義栄に臣従。そのまま北上し、城主が越前に出陣中だった茨城城をおとし、村重自ら城主となった。
……つまり、九衛門は傀儡だ。
「わずか、2日でか」
「はっ」
「なら、高槻まで来るのはまだ時間がかかるな。長盛、茨城城主、茨城左衛門尉殿も当家で預かる。あ、筑後守勝正殿は?」
「は。筑州殿は堺に逃亡し、今井殿が匿ったと」
「ならばいい。よし、越前からの軍が戻り次第」
おれは言葉を切る。
「戻り次第、荒木信濃守村重を討つぞ」
「御意」
長盛はそう言って下がった。
ふすまがあき、お犬様がいた。しかし、お犬様は入ってこない。正座したままだ。
よくみると、肩を震わせている。
おれは慌ててかけよる。
「お犬様、泣くな。おれは帰ってきた。だから心配するな」
「……はい。でも、でも」
そう言ってお犬様はおれの胸に飛び込んできた。
「あ、浅井様が……裏切ったときいて、信勝様は大丈夫かなと心配になって……うっ」
「ありがとう。我慢しないで、泣いてもいいよ。やっぱり」
声をあげて泣いたお犬様をおれは抱き締めた。




