第19話 天下に立つ
朝倉討伐軍は、織田軍3万、足利6千、徳川5千、計4万1千だ。おれは1千の高槻勢を率いる。各組頭は、佑光、慶次、右近だ。足利は幽斎さんが率いる。ニートと義昭公はお留守番。
…浅井は参戦せず、か…
まさか裏切らないよな?裏切るなよ絶対だぞ。
…いや、これフリみたいになってるけど本当に裏切るなよ。
最近やっとなれてきた鞍の上で馬に揺られながら思った。
「ふん、三段打ちの出番だな」
佑光がぐっと拳を握りしめている。
「殿…」
「なんか、いえよ、なんか」
右近は首もとの十字架を握っている。
慶次はご機嫌で槍をみている。
おれも刀をぬく。
「メン!」
最近やっていない剣道の素振りをおれは馬の上でやった。
◇
軍議だ。おれも末席に連ならしてもらう。
で、信長の服装だ。兜をつけず、黒の南蛮鎧、具足をきて、鎧の部分は赤いマントにくるまっている。
もはや、大魔王だ。この軍は本来なら公方の命をうけて、朝倉を討伐する正義の軍なのに、率いるのが大魔王のせいで「光の国」を侵略しにきた「闇の国」みたいになっている。
てか、信長はオシャレっていうか、厨二だ。
それとこれとはかわるんだが、おれが前に信長に
義兄上~
ってノリノリで喋ったら、
黙れ!と一喝され、おれの顎にパンチが飛んできた。それでいて、長政が義兄上~って言ったら
なんだ、長政?ってニッコリしやがる。
なんだ、この差は…
思い出すだけでも顎が痛んでくる…。
「手筒山をどう落とす?」
大魔王信長が声をあげる。そう、おれたち闇の国の軍は前線の堅城と名高い手筒山を落とさなければならない。
「申し上げます。」
でたよ、光秀。お前がいたら尚更、闇の国の軍だよ。
「手筒山の後方は湿地帯。故にここにあまり兵はおかれていません。ここから攻め上がるべきかと。」
「だが、湿地帯から攻めては兵の損失が大きいのではないか?」
物静かな丹羽さんが、訪ねた。
「いえ、正攻法で攻めるより湿地帯から攻め上がったほうが結果的に損失は少ないかと。」
「うむ…」
丹羽さんも黙った。
「では、そのようにしよう。先鋒は…」
「拙者にお任せくだされ!」
秀吉が躍り出た。信長はそれをみると少し微笑んだ。
「よいぞ。先鋒はネズミと光秀だ。手筒山を落とせぃ」
「はっ」
軍議はお開き。おれがこの軍議でわかったことがひとつ。
おれは、空気…
結論から言うと、手筒山一日で陥落。手薄な湿地帯から攻め上がっただけではなく、指揮官の優秀さも原因だ。さすが後の天下人。
手筒山を落とした討伐軍は金ヶ崎城を包囲。そこに使者として滝川さんが金ヶ崎城主、景紀を説得。金ヶ崎は開城した。
一乗谷は目前だ。
【元亀元年
浅井下野守久政】
討伐軍が越前に向かったと聞いたとき、わしは不思議となにも思わなかった。
信長は嫌いだ。だが、天下統一などという戯言を達成するのはあのような者などではないかとも思う。
「父上、家臣を集めてはくださりませんか?」
「うむ。」
織田上総介信長に魅せられている長政のことだ。
討伐軍の援軍に赴くのであろう。
集まった家臣を前に長政は立ち上がっていた。
「皆の者、織田軍は越前だ。木の芽峠を越えたところをわれらがふいに攻撃すればどうなる?」
「それは…そうなれば織田軍は袋の鼠。ほぼ確実に信長を撃ち取れまするな。しかし、なにか…?」
長政の発した不可思議な質問に重臣の遠藤直経が答える。
「そうであろう…?そうであろう…?なら戦支度をせえ…」
「長政…!まさか奇襲するつもりか!」
「ええ。」
わしの問いに長政は当然のように頷いた。
「やめろ!上様の討伐軍ぞ!ここでわれらが裏切ればわれわれは謀反人ぞ!」
「殿!なぜこのようなことを?」
「直経。義兄上はわしに会ったとき、いつも天下、天下と言っておった。わしもその天下をみてみたいと…。だが。ふと思ったのだ。天下に立つのはわしではいけぬのかと」
長政の言葉にみなが静まっている。
「天下に立つ…天下人になるのは一人だ。わしか義兄上。ならわしが天下を目指す。」
シーンと静まり返った中、直経が口を開いた。
「殿の夢、われわらもみていきたいと思いまする。それがしは殿を天下人に押し立てていく所存。」
それを皮切りにほかの家臣も次々にこれに賛成していく。
「参るぞ!わが浅井家が天下に立つ!」
わしは、倅を信じることにした。
【元亀元年
山田大隅守信勝】
軍議がまた開かれた。
軍議では朝倉を今のとこフルボッコにしているためかなんだか雰囲気が明るい。そんななか、おれはヒヤヒヤ。浅井が裏切らないか、ヒヤヒヤ。
「報告いたします!朝倉軍、景鏡を総大将として
1万5千、一乗谷を先発!」
ついにきた。朝倉との主力決戦。
しかし、そんなとき
「それがし、山田家家中のもの!殿にお渡ししたきものが!」
早馬だ。
…まさか
おれは将椅から転がり落ちながらその早馬のもとへ行き、それを受け取り、すぐさま信長にみせた。
「…」
信長は無言だ。
「殿、それはいかなるものですかな?」
織田家宿老の柴田権六郎勝家が問いかける。
「長政が裏切ったと書かれてある。」
陣が一気にざわつく。
「敵の策だ。」
信長はそれだけ呟いた。
…ちがう、ちがうちがうちがう!嘘じゃあないんだ。
「織田様!浅井家は裏切ったものかと!わが家臣の増田仁衛門は信頼でき申す!すぐにご退却を!」
「黙れ!」
膝をついているおれを信長は蹴りあげた。
「長政はわれを裏切らん!そのような虚報にまどわされるでない!」
そう言って信長はもどっていったが、
「織田様!それがし一色様よりのつかい!これを
ご覧じくださいませ。」
信長はそれを乱暴にとると見ている。
「山田」
「はっ」
「主の言うとおりであったわ。」
信長は手紙をみせた。そこには浅井備前守長政の名前と花押で、天下の権力を破壊する悪魔信長を誅するべしと書かれてあった。
「フ…フハハハハハハ…フハハハハハハ!」
急に信長は笑った。
「いいだろう長政。天下にふさわしきはこのわれじゃ」
信長は、その手紙をビリビリに引き裂き天に投げた。
「撤退ぞ!殿<しんがり>は…」
「おれがいくぜ!」
立ち上がったのは、不良中年の言葉がよく似合う森三左衛門可成が立ち上がる。
「いいだろう。殿は森三左衛門可成、木下藤吉郎秀吉、明智十兵衛光秀だ!」
「はっ…」
光秀は不適に笑い、秀吉は顔をこわばらしている。
「わしに馬廻りは不用!山田、松永弾正、それぞれ単騎でわしの供をせえ!」
それだけいうと、信長は馬にまたがり、駆け出した。
くそが…
おれも急いで馬に乗り、信長の後ろを追った。




