進化
『イツキ、着いたわよ』
イツキは悪魔を取り逃がした森に来ていた。
「なんだ、これ?」
目の前にある森には、バッティングセンターにあるネットような物が大きな森全体に覆いかぶさっている。
イツキが触ろうとしても、目には見えているのに触れることが出来ない。
『それは結界よ。私が悪魔を逃がした時に、リサが結界を張って悪魔を閉じ込めておいてくれたの。見ることは出来ても触れることは出来ないわ』
「へー、そんな事も出来るんだな」
ジュリの声がイツキの頭に響いた。
(なんだかこの声もなれてきたな・・・・・・)
『イツキ、剣を持って』
「ん? ああ、これか」
ジュリにそう言われ、イツキは悪魔を倒す時に使う゛刀の棒´を取り出した。布でぐるぐる巻きにされていた゛棒´を取り出し手に持つと、光が集まり剣の形になった。
「やっぱり、何度見てもすごいなぁ」
イツキとジュリ、二人の魔力が入った剣は、イツキが初めて触れた時よりも大きく、太い剣になっていた。
『それにしても、この剣の大きさ・・・・・・なんて魔力なの・・・・・・』
「ん? なんか言った?」
『なんでもないわよ! ほら、気合入れていくわよ!』
「お、おお!」
なぜかジュリの機嫌が悪くなったのは気にしないことにして、イツキは一つ大きく深呼吸をし、結界が張られた森の中へ入った。
結界の内側へ一歩足を踏み入れただけで、イツキは不気味な寒気に襲われた。
嫌な汗をかきながらも、イツキは慎重に奥へと進んで行く。
『まずいわね・・・・・・あいつ、進化してるわ・・・・・・』
静かな森に、ジュリの声が響いた。
「えっ、進化ってなんだよ!?」
『悪魔は本来、人間だけをエサとしているの。でも、ごくまれに他の生物を食する悪魔がいるのよ。そいつらは、食した生物へと形を変える。私達はそれを進化って言ってるのよ』
「まじかよ・・・・・・」
『ええ。こうなった悪魔は、ちょっとやっかいよ。慎重に―――・・・・・・』
何かを言いかけたジュリは、いきなり言葉を止めた。
「ジュリ?」
『イツキ!! 後ろよ!!』
イツキが後ろを振り向くと、すぐ後ろに悪魔が立っていた。
「なっ!!」
(いつのまに、こんな近くに!?)
「ゲキョキョキョキョ」
悪魔はニターっと不気味に口を開くと、イツキに鋭い爪を振り下ろしてきた。だが、イツキは持っていた剣で爪をはじき返した。それはイツキの意思でやったわけではなく、
『ほら、イツキ! ボーっとしてる暇なんてないわよ!』
「お、おお!」
イツキの体を動かしたのはジュリだった。
よく見てみると悪魔は、前に見た姿と違っていた。羽のような物が生えている。
『コウモリでも食べたみたいね・・・・・・進化して前よりもスピードが上がってるけど、私の敵じゃないわ! イツキ、速攻で倒すわよ!』
「あ、ああ! わかった!」
わかったと言ったイツキだったが、結局イツキは見ているだけだった。
悪魔の攻撃をかわし、持っている剣で切りつけると、悪魔の体から黒い液体が流れ出した。
「ギキィィイ―――――――――!!」
奇声を上げながら、切られたお腹を押さえると、悪魔は翼を広げだした。
「ジュリ! こいつ、逃げる気だ!」
『そうはさせないわよ!』
悪魔は急いで5メートルほど飛ぶと、ホッしながら下を見下ろした。だが、そこにイツキの姿は無い。
「グキョッ・・・・・・?」
『ここよ!』
「!!」
5メートル飛んだ悪魔のその上。6メートルもジャンプで飛んでいたイツキは、降下しながら悪魔の翼の片方を剣で切り落とした。
「グギャャヤアアア――――!!」
片方の翼を無くした悪魔は、体勢を崩しながら地面へと激突した。
ストンっと猫のように着地したイツキは、切られた翼を押さえながら肩ひざをつく悪魔の前に行くと、剣を振り上げた。
「グギャ・・・イヤダ、ジニダクナイ・・・・・・」
『これで、終わりよ!』
(すごい・・・・・・本当に速攻だ・・・・・・)
イツキは本当に何もしていなかった。全てはジュリがイツキの体を動かしている。イツキはジュリの強さに驚きっぱなしだった。
イツキの体を動かすジュリが悪魔にトドメを刺そうと、剣を振り下ろした時だった。
「グキョ・・・イツキ! トウサンヲ、コロサナイデ!!」
「・・・・・・え?」
目の前の悪魔から聞こえてきたのは、まぎれもない父の声。イツキの剣を振り下ろす腕が止まった。
『バカ!! イツキ、悪魔の話しを聞いちゃダメ!!』
「ゲキョキョキョキョキョキョ!」
「なっ!」
父の声を出していたはずの悪魔は、元の気味悪い笑い声を上げると、イツキの隙をついて剣をはじき飛ばした。そして、武器を持たないイツキ目がけて、悪魔の鋭い爪が襲ってくる。
戦いの素人であるイツキにさえ分かった。これは避けられない、と。
次の瞬間、
――――ガキィ――ン!
と、金属と金属が激しくぶつかるような音が響いた。
イツキは左手で右腕を支えながら、右手の薬指につけた指輪で悪魔の鋭い爪を受け止めていた。
指輪からピキピキ、という音がした。
『イツキ! 作戦・・・しっぱ・・・! はや・・・にげ・・・!』
「ジュリ!?」
ジュリの声が途切れて聞こえなくなった瞬間、イツキの薬指につけていた指輪が割れ、地面に転がった。
コードBの本部で、悪魔退治の様子を見ていた隊長は呟いた。
「最も恐れていた事態になった・・・・・・」