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行動


『ここで昨夜おきた事件のニュースです。昨夜、午後9時半ごろ、○○街の××番地で

゛コードコードビー´による盗難事件がおきました』

「えっ、コードB!!?」

 ジュリの朝食の皿を片付けようと持ち上げた時、テレビから流れるニュースに、イツ

キは驚きのあまり皿を落としそうになってしまった。

「あっっぶねー・・・・・・」

 ひとまず皿をテーブルに戻し、急いでテレビの音量を上げると、イツキは食い入るよ

うにテレビに目を向けた。

『大切に集めていた時計や指輪などのコレクションが盗まれ、強盗の被害にあった一宮

(いちのみや)さんの証言によると、犯人は、全身をベージュ色のマントで身を包んだ

格好をしていたということから、警察は盗賊団コードBの犯行とみて間違いないとして

います』

 テレビでは、コードBによる犯行が大々的に取り上げられていた。

「コードB・・・・・・カッコイイなぁ。でも、最近は昔みたいにあんまりテレビに出なくな

ったのはなんでだろう―――・・・・・・って、やべっ!」

 イツキは壁に掛けられていた大きな時計に目をやり、もう30分もテレビに夢中にな

っていた事に気づいて急いでテレビを切った。コードBがらみの事件なんて見てると、

一日があっという間に過ぎてしまう。

 コードB。十年前、突然この街に現れた『謎の盗賊団』。

 彼らは金持ちの家から金品を盗み、貧しい人達にわけあたえる盗賊団だ。イツキ達の

ように貧しい家庭の人達からは、ヒーロー的存在だ。と同時に、ジュリ達のような金持

ちの家庭からは忌まわしい大泥棒と嫌われている。

 『謎の盗賊団』と言われるのは、十年間もコードBによる事件が起きているにも関わ

らず、犯人の特徴が「全身ベージュ色のマントで身を隠しているという事だけ」しか分

かっていないという、全てにおいて謎に包まれた盗賊だからだ。

 イツキは、弱い者を助けるという盗賊団、コードBが大好きだった。

「さてと、働くか」

 テーブルにあったお皿を台所に持っていき、イツキは気合を入れた。

 ジュリが家に居なくても、やる事はたくさんある。まずは洗い物、それを済ませたら

洗濯。それが終わったら、広い家の掃除が待っている。広い家の掃除というのが大変で

一番疲れる。だが、それらはイツキが自ら進んでやっている事だった。

 初め雇われた日、イツキがジュリに何をすればいいのか聞くと、「留守番よ」と彼女

はあっさり言った。だが、高いお金を貰って何もしないというのも気が引けたイツキは

家の炊事、掃除、洗濯をやることにした。

「べ、別にそこまでしなくていいわよ」

 と、ジュリは驚いていたが、

「暇だから」

 とイツキは嘘をついた。雇って貰ったイツキに出来る、せめてもの恩返しだった。

「ふ~ん、じゃあ好きにすれば?」と言うジュリは、どこか嬉しそうだった。

 どれだけ嫌みを言われても、ジュリには一生、頭が上がらないだろうなとイツキは思

う。

「よし、床は一通り終わったな。・・・・・・それにしても、っと」

 家の床拭きを終えたイツキは立ち上がり、ある部屋を見つめた。

「ここって何があんだろーなー・・・・・・うーん、気になる」

 大きなジュリの家には、一つだけ鍵の掛かった部屋がある。ここには絶対、入らない

ようにと念を押されたイツキは、興味本位でドアノブを回して、鍵がかけられていた事

に気づき、罪悪感とショックを覚えたものだった。

「っま、あんま人のプライバシーに踏み込むもんじゃねーな。っと、仕事仕事」

 なかば自分に言い聞かせるように呟くと、イツキは掃除に戻った。

 家の敷地の半分のいたる所をピカピカに磨くと、時間はお昼を回っていた。

「うーっし、少し休憩にすっか」

 午前中の仕事を済ませ、イツキはスーツの上着をソファーに投げ捨て、お昼ご飯を作

った。パンにハムとチーズをのせて焼くだけの簡単なものだ。だが、これが上手い。

 パンを一口かじると、いつもの美味しさにイツキは満足そうにうなずき、一気にたい

らげた。そしてお茶を流し込むように勢いよく飲むと、また仕事にとりかかった。

 まだ掃除していなかった、家の残り半分の敷地をピカピカに磨きあげると、イツキは

庭に出て、庭一面に広がった綺麗な花に水をまいた。広い庭に所狭しと置かれる花は、

全てジュリが持ってきた物だった。それだけジュリが花が好きという訳ではない。

「なんか知らないけど貰ったー」

 というジュリが持ってきた花は、今では庭に置く場所がないほどの量になっていた。

「なんだかんだでモテるんだろーか・・・・・・見た目はその、あれだし・・・な・・・」

 多分、おそらく、ジュリの性格を知らない人がジュリを見たら、10人中10人が、

ジュリを可愛いと言うと思う。長いこと、ジュリを近くで見続けているイツキでさえも

たまにドキッとすることがあるほどだ。そんなこと、絶対言わないが―――

 ―――ピリリリリ、ピリリリリ

 イツキが物思いにふけていると、制服に常備されている携帯が突然鳴った。もちろん

この携帯にかけてくる人なんて一人しかいない。慌てて携帯を取り出すと画面には鳴神

ジュリと表示されていた。

「マジかよ・・・・・・」

 急にテンションが下がったイツキは一つ息を吐き出すと携帯の通話ボタンを押した。

「もしも――」 

『イツキ!? 今日わたし遅くなるから! じゃあねっ!!』

 ブツッ、プーップーップー。

「・・・・・・まじでなんなんだよ」

 機嫌が悪そうなジュリからの電話を受けたイツキは、すでに通話の切れた携帯に吐き

捨てた。

 一ヶ月に一回、多い時だと三回はあるこの電話。急に電話をかけてきたかと思えば、

「遅くなる」とだけ告げて一方的に電話を切る。しかも決まってその時は機嫌が悪いと

いう。

(せっかく、今朝は機嫌良く送り出せたというのに・・・・・・)

「まぁ、あれだな、うん」

 通話の切れた携帯をスーツの内ポケットに収め、残りの花に急ぎめで水をかけると、

ホースを片付け、ジュリがイツキの為に購入してくれた外着用の少しラフな格好のジー

パンとシャツに着替えて、家を出た。

 家を出たからといって、イツキは遊びに出かけたというわけではない。イツキは、ジ

ュリの大好きなケーキを買いに出かけた。

 ジュリの家から電車で1時間かけた所に、有名なケーキ屋さんがある。ジュリは、そ

このケーキが大好きで、どんなに機嫌が悪くても、そのケーキを食べれば機嫌が直る。

という、魔法のようなケーキなのだ。

 チラリと時計を見れば、時刻は昼の3時を少し過ぎたところだった。片道1時間はか

かるのと、ケーキ屋さんまでの移動とケーキを購入する時間を計算して・・・・・・

「今から出れば、ジュリが帰って来るまでにはギリギリ間に合うよな・・・・・・?」

 イツキは走って駅に向かった。

 別にイツキが勝手に外出してはいけない。とか、ジュリが帰る前に家に居ないといけ

ない。と、決まっているわけではない。だけど、イツキは、「おかえりなさい」と言う

事も、仕事の内だと思っている。

 ジュリが電話で「遅くなる」と言った日は、帰って来る時間は決まっていない。なに

をやってるのかは知らないが、決まって彼女の顔には似合わない、とても疲れた顔をし

て帰ってくる。

 別に機嫌をとるためにやるわけじゃない。ただ、なんとなく彼女には笑っていてほし

かった。だから、イツキは駅まで走った。




 平日だというのに、裕福な家庭が住むこの街の駅は沢山の人が電車を待っていた。裕

福な家庭に育った人達は、働く必要がない。だからといって、裕福な家庭の人達で働い

ている人がいないわけではない。だが、貧乏な家庭の人達が働くのとはわけが違った。

 彼ら裕福な家庭の人達が働くのは、「暇つぶし」や「出会い探し」といったもので、

イツキのように、生きる為という人はまずいない。だから、電車を待つ人達の中には、

疲れた顔をした人なんていない。たった一人をのぞいて。

「あー、早く電車こねーかなー・・・・・・」

 イツキは人ごみが嫌いだった。まるで一世紀も昔のサラリーマンのような憂鬱そうな

顔を続ける事10分。イツキの目的地であるケーキ屋さんが建つ駅まで直行する電車が

ようやく到着した。

 電車は一世紀前よりも二倍の大きさになっていて、座れないなんて事はなくなった。

イツキはあまり人が居ない車両に行くと、ドカッと腰を下ろした。

 沢山の人が電車に乗り込むと、アニメの女の子のようなかわいらしい声が、ハイテン

ションで流れる。

『ドアが閉まりまぁ~す! 危ないから、白線の内側には入っちゃダメだよ!』

 アナウンスが終了してようやく電車が発車すると、イツキは腕時計を見た。

「帰り、少し遅くなっちまうかな・・・・・・せめて、ジュリが何時に帰ってくるのかが分か

ればなー・・・・・・」 

 ジュリは何もなければ、いつも決まって5時半に帰ってくる。だが、「遅くなる」と

いう電話があった日は予想もできない。早い時では6時に帰ってきた事もあったが、遅

い時では9時を過ぎる事もあった。

「ほーんと、一体全体どこでなにをやってんのかねー。あのお嬢様は・・・・・・」

 真夏の今の時期、電車の中はクーラーがガンガンに冷えていて気持ちいい。

(少しだけ・・・・・・少し、目をつぶるだけ・・・・・・)

 そう心の中で言いながら、イツキは目を閉じた。



『――――――す。お待たせしましたぁ~! ご乗車、ありがとうございましたぁ!』

 明るく可愛らしい声のアナウンスを聞いて、イツキはハッと目を覚ました。

 今は一応、仕事中であるイツキはパンパンと頬を叩き、気合を入れなおした。

 気がつくともう目的地である駅まで来ており、この駅で終電のため、乗客は皆すでに

電車から降りていた。

「いっけねー、寝ちまってた。早く行かねーと!」

 急いで電車から降りたイツキは、改札口をぬけると、駅から500メートルほど離れ

たケーキ屋さんに走った。

「よかった、まだある!」

 ケーキ屋さんの目の前に来たイツキは、ガラス状の入り口から、残りわずかになった

ケーキを見てホッした。

 中に入ると、店員さんに残り一個になっていた人気ナンバー1と書かれたケーキを注

文した。これが、ジュリが大好きなケーキだった。

「あ、後、チョコとイチゴのケーキを゛送り´で」

「はい、かしこまりました。それでは、こちらに住所をお願いします」

 イツキは、ジュリ用のケーキの他に二つケーキを注文した。このケーキ屋さんでは、

゛送り´といって、買ったその日に指定した住所まで届けてくれるシステムがある。

「××番地・・・・・・○○号っと、ここにお願いします」

 イツキの書いた住所は、母と妹の暮らす住所だった。

「はい、かしこまりました。それでは、金額が、4986円になります」

「・・・・・・」

 分かってはいたものの、イツキからしたらぶっ倒れそうな金額だった。これには、郵

送代なんて入っているわけではない。ケーキがたったの3つでこの金額。ただそれだけ

のこと。

 ジュリに、食費代など、色々な事に使うお金はカードで渡されている。だが、これは

イツキのお金だ。今日はイツキの給料日。4年間も働いて、イツキの給料は少しだけ上

げてもらった。そんな雇ってもらってる感謝や、月に一度ぐらいは家族に贅沢をさせて

あげたいと思ったイツキの行動だったのだが、中々に痛い出費である。

 ちなみに、ジュリに買ったケーキが二千五百円。母と妹に買ったケーキが千円ちょっ

とだ。

「・・・・・・お客様?」

「え? あ、ああ、すいません。4千9百・・・・・・ね、はい」

「はい、ありがとうございました」

 二つのケーキを送ってもらい、一つ二千五百円のケーキを持って、店員に笑顔で見送

られながらイツキはケーキ屋さんをあとにした。

(ま、なにはともあれケーキも無事買えたことだし、これで後は帰るだけ――)

 と思いながら駅に向かっていたイツキは、なにやら駅がざわついていることに気づい

た。

 嫌な感じがしたイツキの予想は見事に当たった。駅に着いたイツキの耳に飛び込んで

きたのは電車が発車する時のような可愛らしい声ではなく、カーナビの案内音声のよう

抑揚よくようのない声だった。

『ただいま、高崎線は津川から北上尾駅間での人身事故の影響で、高崎から大宮駅間で

の運転を見合わせています。なお、今の所、運転の見通しはたっておりません。繰り返

します――――』

「まじかよ・・・・・・」

 開いた口がふさがらないまま、イツキは暫らく呆然と繰り返されるアナウンスを聞い

ていた。

「って、ボーっとしてる場合じゃねー!」

 運転の見通しがたたないというには、大きな事故だったのだろう。もしかしたら死亡

事故なのかもしれない。いつ運転が再開するのかもわからない電車を待っていられない

イツキは、家に帰るには少し方角がずれてしまう電車の情報を確認した。

「よし、ここは動いてるな」

 イツキは家の方角から少し西にずれてしまう電車のキップを購入すると、発車ギリギ

リだった電車に慌てて乗り込んだ。

 電車に揺られる事、1時間ちょっと。イツキは目的の駅で降りた。だが、そこは家か

らはほど遠かった。普通の道を使えば。

 イツキの降りた駅からイツキの家までは、普通に歩くと1時間はかかった。イツキに

は秘策があった。それは・・・・・・森を突っ切ること。近道といえば聞こえはいいが、もち

ろん道などない。だが、イツキは昔、一度だけこの道を通ったことがあった。真っ直ぐ

歩いて15分で家についた。着ていた服をボロボロに汚してジュリにこっぴどく怒られ

たが・・・・・・

「うっし、行くぜ!」

 イツキはジュリの家で働いてから、まだ一度もジュリより遅く帰ったことがない。い

わゆる、無遅刻、無欠席の気持ちだった。だからイツキは早く帰りたくて急いだ。

 この行動が、彼の運命を大きく変えることになるとも知らずに。

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