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過去の記憶

 2108年9月9日。

 母親が倒れた。持病の心臓が悪化したのだ。父親は急にいなくなり、残されたのは、

動けなくなった母と小さいモモとイツキの三人。この時イツキは10歳。

 父親の手伝いをして過ごしていたイツキだったが、収入がゼロのままでは生活してい

けない。父親がいなくなった今、 貧乏な家庭の藤原家が食べていくには、イツキが働

くしかなかった。

 イツキは覚悟を決めると、裕福な家庭が住む街の中心街に向かった。そこには、貧乏

な家庭のための、職業相談所があった。職業相談所にイツキのような仕事を求めて来る

小さな子供は少なくない。

 職業相談所に着いたイツキは、窓口に行き、仕事を探しているという事を伝えた。す

こし待った後、イツキは6番と書かれたボックスに案内された。小さなボックスに居た

のは、年の若い、優しそうな青年だった。その青年に、イツキは母が倒れた事、父が居

なくなり、今、収入がゼロという事を説明した。

 イツキの話しを聞いていた優しそうな青年は、一瞬だけ苦い顔になると、イツキの名

前と住所を聞いて、なにやらパソコンで調べだした。そして、その青年の顔が更に苦く

なったのを、イツキは見ていた。

 パソコンでイツキの事を調べ終わった青年は、言いづらそうに口を開いた。

「あのね、ボウヤ・・・・・・言いにくい話なんだけど、ボウヤの家の家賃や、お母さんとキ

ミと妹さんの食費代を考えると、最低でも8万円は必要になるんだ・・・・・・」

「・・・・・・8万円」

「・・・・・・うん。ボウヤ、残念だけど・・・・・・」

 なんとなく、青年の言葉の続きが聞きたくなかった。

「キミぐらいの歳だと毎日働いても3万円がいいところなんだよ・・・・・・」

 それはイツキからしてみれば、死刑宣告のようなものだった。

「・・・・・・そう、ですか・・・・・・」

 結局、イツキ一人で三人の家庭を支えられるような仕事は見つからなかった。

(これから、どうすればいいんだろう・・・・・・)

 どうしようもない絶望感に襲われながら、イツキはある公園に行った。そこは、裕福

な家庭の人達の人気スポットで、貧乏な家庭が行くことはまずない。

 時刻はもう夕方をだいぶ過ぎていた。日は暮れ初め、ちらほらと若いカップル達が集

まりだし、楽しそうにデートをしている。

「あ、あの子・・・・・・」 

「うわっ、負け犬組じゃねーかよ。なんでこんな所にいんだよ」

 『負け犬組』。貧乏な家庭の事を、裕福な家庭の人達はそう呼ぶ事があった。

 皆、キレイでおしゃれな服装をしていた為、薄汚れたイツキの格好は目立っていた。

ここに貧乏な家庭が近寄らないのも、こうゆう事があった。

 裕福な家庭に育った家族は、貧乏な家庭を見下し差別する。だが、イツキにはそんな

事どうでも良かった。

「たしか、ここにあるって言ってたんだ・・・・・・あ! ・・・・・・あった・・・」

 イツキの目の前には、大きな大きな樹が立っていた。だいぶ前に、イツキは母親から

こんな事を聞いていた。

『都心の中心部にある公園にね、とっても大きな大きな樹があるの。その大きな樹には

ね、なんでも願いを叶えてくれる神様がいるらしいのよ』

『どんな願いごとでも、かなえてくれるの?』

『ええ、そうよ』

『んじゃ、お母さんの病気がなおってくれるように頼んでくるよ!』

『ん~・・・お母さんの病気以外のお願いごとだったら、叶えてくれるわよ』

『えー! なんだー、つまんねーの』

 都心の中央にある公園の中の、何でも願い事を叶えてくれるという大きな樹をジッと

見つめると、イツキは大きな声で叫んだ。

「大きな樹の神様、おねがいです! オレをはたらかせてください!」

 周りにいた裕福な家庭の人達は、そんなイツキをバカにするように見ていた。だが、

イツキはそんな事など気にもとめずに続けた。

「大きな樹の神様、このままでは、家もおいだされてしまいます! どうかおねがいで

す! オレをはたらかせてください!」

 クスクスと、イツキを見て笑う大人達がどんどん増えてきた。だけど、イツキは気に

せず続ける。

「大きな樹の神様」

「っるせ――んだよ、クソガキ!」

 大きな声でお願いをするイツキを見ていた若い男が、イツキの胸ぐらを掴み、怒鳴り

つけてきた。それでもイツキは続けた。

「おねがいします! オレに、はたらかせて」

 ―――バキッ

 という鈍い音と共に、イツキは地面に叩きつけられた。

「ここはな、テメーみてーな貧乏人の来る所じゃねーんだよ!」

 若い男に殴られたイツキの頬は赤く膨らみ、口からは血が流れだした。そんな光景を

見ても、イツキに手を差し伸べる人は誰一人としていない。むしろ、こんな所に来た貧

乏人が悪いとでも言わんばかりに、イツキの事を見ている。

 沢山の人に笑われがら、罵声を浴びせられ、理不尽に殴られても、それでもイツキは

叫ぶことをやめなかった。

「大きな樹のかみさま! おねがいです! オレをはたらかせてください! おねがい

します! はたらかせて下さい!」

 壊れたロボットのように同じ事を叫び続けるイツキに嫌な顔をすると、イツキを殴っ

た男は舌打ちをして去っていった。周りにいた大人達も皆、興味がなくなったかのよう

に去っていった。

「大きな樹の・・・・・・」

 神様――――――――――なんて、いるはずない。初めから分かっていた。10歳の

イツキに家族三人を養うことが、できるわけないなんて。でも、どうすることもできな

い。いるはずもない神様なんかにお願いしてる。イツキには、神様にでも頼むしか・・・

「やとってあげようか?」 

「えっ・・・」

 自分の耳を疑うような言葉を聞いたイツキは、声をした方を見て、ガックリと肩を落

とした。目の前には、イツキと同い年ぐらいの女の子が立っていた。女の子の綺麗な服

装から、裕福な家庭の子だとは分かるが・・・

「はたらきたいんでしょ? ・・・わたしがやとってあげる」

 いくら金持ちとはいえ、イツキと年の変わらない小さな女の子に、払える金額じゃな

いと思った。

 殴られて地面のドロがついた頬を拭くフリをして、目からこぼれ落ちそうになった涙

を腕でぬぐいながらイツキは答える。

「バカにするなよ。お前、オレと年が変わらねーじゃねーか。オレには、お金がいっぱ

いいっぱいひつようなんだ」

「バ、バカになんかしてないわよ! いっぱいって・・・・・・そんなに高いの?」

「・・・・・・高いさ、8万はひつようなんだ。だからお前には――」

 払えない―――と言おうとしたイツキに聞こえた少女の声は、以外なものだった。

「なーんだ、たったの8万? びっくりして損したわ」

「・・・・・・え? た、たったのって、お前、はらえるのか!?」

「当たり前よ。わ、わたしのパパは金持ちなのよ! パパにおねがいすれば8万なんて

―――」

「本当に!?」

「えっ?」

「本当に、いいのか!?」

「え、ええ。本当よ。って、だから聞きなさいよ! わたしのパパはスゴイ―――」

「やった、信じられない! 奇跡だ! 神様って、本当に居たんだ!! ありがとう!

本当にありがとう! オレ、なんでもするよ!」

「だからわたしの話しを――って・・・・・・まぁいいか。フフフ」

 職業相談所にも見捨てられたイツキに、奇跡が起きた。樹の神様のおかげなのか、そ

れとも、目の前に現れた少女が女神なのかはわからない。その少女の名前は・・・・・・

「オレは、藤原イツキ! おま―――キミは?」

「鳴神ジュリよ」

 この日から、藤原イツキは神様の存在を信じた。

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