藤原イツキという少年の日課
「うっ・・・・・・」
イツキは光のまぶしさに目を細めた。
「イツキ!」
「イツキさん!」
「おっ、気がついたか」
イツキの眠るベットの周りには、コードBのメンバー全員がいた。
「ここは・・・・・・?」
「コードBの本部だ」
そう答えたのは隊長だった。イツキはコードBの本部に居た。ここでこうやって目が覚めるのも二度目だ。
隊長がイツキの横に来て、心配そうに聞いた。
「気分はどうだ?」
「大丈夫です・・・・・・あ、俺・・・・・悪魔は!? いつっ!」
「バカッ! 動いちゃダメよ!」
「そうですよ、じっとしていて下さい!」
飛び起きようとするイツキを、ジュリが止めた。
だが、隊長はそんなイツキを見てクスリと笑った。
「そうやって、動けるだけで凄いことだ。大丈夫。悪魔は君が退治してくれた。本当に感謝する。助かった」
「俺が・・・・・・?」
「そうだ。覚えてないか?」
「覚えてない・・・・・・です」
「・・・・・・まぁ、あれだけの魔力を使ったんだ。無理もない。だが、君があの悪魔を退治して、この街を救ってくれたんだ。本当に、大したものだよ」
「ああ、マジでカッコよかったぜ!」
ジンは子供のような笑顔でイツキを見た。
「イツキさん、カッコよかったです!」
リサは尊敬の眼差しでイツキを見ている。
「まぁ、アンタにしちゃカッコよかったわよ」
と、ジュリはジュリらしく、相変わらずのツンデレだ。
皆から褒められ、イツキはなんだか照れくさくなった。
「そこで本題なんだが――――」
と、隊長が口を開いた。
「イツキ、コードBで働かないか?」
隊長のその言葉に、イツキだけではなく、皆も驚いた。
「俺が・・・・・・コードBに・・・・・・?」
「ああ、そうだ」
「本気で言ってるの・・・・・・?」
そう言ったのはジュリだった。ジュリの目は、信じられないという感じだ。
「もちろん、本気だ。イツキには素質がある」
「だからって!」
ジュリの声が部屋に響いた。
「死ぬかもしれないのよ!?」
「ああ、そうだ」
「そうだって・・・・・・」
隊長はイツキを見た。
「イツキ。今回のことで分かったと思うが、この仕事は生死に関わる。それでも私はお前が欲しいと思っている。それぐらい、君の能力は未知数だ。危険な仕事だが、その分、報酬は高いぞ。どうだ? やってみる気はないか?」
イツキの心は、隊長の高い報酬という言葉で動かされた。
(たくさんお金があれば、モモを学校に行かせてあげられる! お母さんだって、良い病院で見てもらえる!)
だけど、その代わり―――――死ぬかもしれない。
「隊長・・・・・・俺・・・・・・」
イツキは真っ直ぐに隊長を見て言った。
「やってみようと思います」
「イツキ・・・・・・!」
ジュリはイツキをキッと睨みつけると、
「バカッ! 勝手にすればいいじゃない!!」
そう言って、部屋から出ていってしまった。
「ジュリ・・・・・・?」
「なぁ~に、気にするな。あれはただ、すねているだけさ」
「え?」
(すねる? なんで?)
イツキに意味は分からなかったが、隊長はそう言って、クスリと笑った。
「そうそう、イツキが気にすることねーよ。ジュリのご機嫌とりは、俺たちにまかせておきな」
ジンは、イツキにウィンクしてみせた。続けて、
「それに、俺もイツキが入ってきた方が嬉しいしな!」
と言った。リサも、
「わ、私も、イツキさんに入ってきて欲しいです!」
そう言うリサの頬はほんのり赤くなっていた。
「あ、リサ! もしかしてお前、イツキに惚れたな!?」
「わ、わ、わ! ちょ、ちょっとジンさん! なに言ってるんですか! ほ、ほら、早くジュリさんの所に行きますよ!」
「え、ちょっ」
リサはジンを部屋から押し出して、そそくさと出ていってしまった。
「・・・・・・なんなんだ?」
「フフッ。君はモテるな」
「モテル?」
「・・・・・・それに鈍感か」
「ドン・・・・・・カン?」
部屋には、イツキと隊長の二人だけが残された。ポカンとしていたイツキを見て笑っていた隊長が、マジメな顔をして言った。
「まぁ、皆はああ言っていたが、決めるのはイツキ、君だ。この仕事に就く場合にのみ、この話しを家族にしていいことになっている。もちろん、やらなくてもいいんだ。家族とちゃんと話し合ってくれ」
「・・・・・・はい」
「それじゃあ、今日は帰ってもらってかまわんよ」
「え?」
(って言っても、俺、動けないんですけど・・・・・・)
そう思ったイツキだったが、隊長は、
「ん? どうした? もう動けるはずだが・・・・・・」
「え? あ! ・・・・・・痛くない?」
イツキは腕を振り回してみて驚いた。起きた時にあった体の激痛がなくなっていたからだ。
「おいおい、そうあんまり振り回すもんじゃないぞ? 痛みをやわらげているだけだからな」
「痛みをやわらげる・・・・・・?」
「ああ、リサの魔術だ。君が起きた時にはまだ完了していなかったが、私が君と話しをしている間に魔術を完成させていたんだ。だから、もう動けるようにはなったが、あまり無茶はするもんじゃないぞ」
「はぁ・・・・・・」
あいまいな返事をしながら、イツキは魔術の凄さに関心していた。
「それじゃあ、決断したら、またここに来てくれ。いつでもいい。待ってるぞ」
「はい、分かりました」
そう言うと、イツキはコードBの本部を後にした。
(家族と相談しろと言われてもなぁ・・・・・・)
イツキは自分の家の玄関で立ち止まっていた。と、言うのもだ。隊長は、大切なことだから家族と話し合え、と言った。だが、すでにイツキの心は決まっていた。
イツキは―――コードBで働くことに決めていた。
それではなぜ悩んでいるかというと、だ。
(絶対、お母さんやモモは反対するに決まっている!)
もしかしたら、死ぬかもしれないのだ。そんな事、家族が納得するわけがないのだ。
(どうしたもんかな・・・・・・。いっそ、ウソをついて・・・・・・。いやいや、そんなわけには―――)
イツキがそうモヤモヤと考えこんでいると、
「いってきま――――――す!」
「ぶわっ!」
いきなり玄関のドアが開き、イツキはドアに顔面を強打した。
「ん~?」
「いってててて・・・・・・」
「あれー!? おにーだー!」
「よ、よお」
ドアを開けたのは、モモだった。といっても、母は動けないから開けようがないが・・・・・・。
「おにー! どうしたのー!? かあさーん! また、おにーが帰ってきたよー!!」
モモが勢いよく母の元へ行ったので、イツキも苦笑いしながら家に入って行った。
「あら、イツキ。・・・・・・今週はどうしたの? やっぱり、何かあったんじゃ・・・・・・」
「母さん・・・・・・。実は・・・・・・!」
ウソをつこうか。とも悩んでいたイツキだったが、イツキは、悪魔の事、コードBの事、そして、これからコードBで働こうと思っている事を全て事細かに話した。
「そんなことが・・・・・・」
「うん・・・・・・」
母は驚いていた様子だったけど、モモはポカンとしていた。無理も無い。こんな話し、普通だったら信じられないんだから。
でも、母は違った。
「それで、どうするの?」
「え?」
「コードBに入るの?」
「母さん、信じてくれるの!?」
イツキの言葉を聞いて、母は心外ね、という感じで言った。
「あら、自分の子供を、ウソを言う子に育てた覚えはないわよ」
「母さん・・・・・・」
それまで黙って聞いていたモモも、
「おにーはウソつかないよー?」
「フフ、そうね。モモも、ウソつかないわよね?」
「うん! ウソつきはどろぼうがはじまるの!」
なんて言っている。分からないなりに、一生懸命、分かろうとしてくれている。
イツキは、もし、自分の子供がこんな事を言っても、俺は絶対に信じなかっただろうと思った。悪魔がどうのなんて、まるで信じられない。だけど、母は違った。
(やっぱり母さんって、偉大だな・・・・・・)
なんて思った。
「それで?」
「え? あ、ああ。・・・・・・俺、コードBに入ろうと思う!」
一瞬、母の顔が寂しそうになったのを、イツキは見逃さなかった。モモも、そんな母の感情を読み取ったのか、少し暗い顔をしている。
(モモは頭がいい。それでも・・・・・・俺は決めたんだ!)
「あんまり会えなくなっちゃうけど、俺がこれ(悪魔退治)をする事で、助かる人達がいるんだ! それに・・・・・・お金もたくさん入るし!」
お金もたくさん入る。そう言った瞬間、母の肩がピクリと動いた。
「お金がたくさん・・・・・・入る?」
「え? あ、うん!」
「・・・・・・そう」
「かあ・・・・・・さん?」
母は、下げていた頭を上げると、
「イツキの・・・・・・好きなことをしなさい!!」
「あ、ああ・・・・・・」
そう力強く言った。
(母さん・・・・・・顔がめっちゃ笑顔なんですけど!)
「おにー・・・・・・」
「モモ・・・・・・あんまり会えなくなっちゃうけど・・・・・・」
(寂しい思いをさせるな・・・・・・)
「おかね、いっぱい! がんばってね!!」
「・・・・・・ぉぅ」
(モモは本当に頭がいい・・・・・・)
「返事は、いつしにいくの?」
母が聞いてきた。
「明日、行って来るよ」
「そう。それじゃ、今日はここでゆっくりしていきなさい」
「うん。よし! 今日はパーティーだ! モモ、何が食べたい?」
「えっ!? なんでもいーの?」
「おう! なんでも好きなのでいいぞ?」
「ほんとー!? じゃあねー、モモ、バニラアイスがたべたーい!」
「よし、んじゃ、デザートはバニラアイスだな!」
「わーい!」
その日は、滅多にしない宅配ピザを頼んだ。
たくさん食べてモモの遊び相手をし、ぐっすりと眠った。
翌日。
「それじゃ、行ってくるよ」
イツキは朝から家を出ることにした。
「気をつけるのよ」
「うん!」
「おにー、いってらっしゃーい!」
「行ってきます!」
いつものように見送られながら、イツキは実家を後にした。
コードBの本部に行くと、四人のメンバー全員が居た。
「待っていたぞ、イツキ」
イツキを見るなり、隊長がそう言った。続けて、
「それで、どうする事にしたんだ?」
「俺は・・・・・・」
イツキの言葉に、メンバー全員が注目していた。
「俺・・・・・・! コードBに入ります!」
「そうか・・・・・・!」
隊長は嬉しそうにウンウンとうなずいた。ジンとリサも嬉しそうに笑っている。だけど・・・・・・。
「ふん、良かったわね」
ジュリだけが不満そうな顔をしていた。
「なにがだよ?」
「これであんたをようやく解雇できるって言ってんのよ」
「かいこ?」
「そうよ。あんた、ここで働くんなら、私の所で働く必要なんかないじゃない」
きっぱりとそう言った。
「あー、せいせいするわ」
「ちょっと待てよ、俺はジュリの所を辞める気はないぜ」
「え? ・・・・・・なんで?」
(なんでって・・・・・・決まってる)
イツキは思っていた。四年前、ジュリがイツキを雇ってくれていなかったら、イツキ達家族は本当に死んでしまっていたかもしれなかったのだ。
お金どうこうではなく、ジュリに恩返しがしたかった。たとえ、一生かかっても。それを伝えたかった。
「俺は、ジュリの所で一生働きたい!」
(恩返しさせてくれ!)
と、言うイツキの言葉を聞いて、ジュリの顔は耳まで真っ赤になっていた。
「ちょっ、なに言ってんのよ! こんな所で・・・・・・」
「・・・・・・へっ?」
ポカンとするイツキをよそに、リサまで顔を赤くしている。ジンにいたってはピュ~とちゃかすように口笛を吹いている。
「おいおい、こんな所でプロポーズか? 大胆だな、君は」
という隊長の言葉を聞いて、ここでようやくイツキは勘違いされている事に気づいた。
「え、いや、そういう意味じゃ・・・・・・」
「もう、イツキの・・・・・・」
「へ?」
「バカ―――!」
「ぐわっ!」
どこか嬉しそうなジュリに殴られながら、イツキはこうして無事、コードBの一員となった。
それから・・・・・・
「イツキ、ご飯まだ?」
「はいはい、ただいま」
「はい、は一回でしょ!?」
「・・・・・・はいはい」
「ちょっと!」
朝ごはんを食べる前の、いつもの会話にジュリの緊急用の携帯が鳴った。
「もしもし?」
『ジュリ! 悪魔が現れた! 至急、イツキと来てくれ!』
「っ! 分かったわ!」
携帯を切ったジュリは急いで立ち上がった。
「イツキ! 悪魔が現れたわ! すぐに行くわよ!」
「お、おう!」
ジュリの家の使用人をし、そしてコードBの仕事もこなす。
これが彼の、藤原イツキという少年の、新しい日常であり日課だ。