大きな樹の神様
2108年9月9日。
天気は晴れ。だけど、ジュリの気持ちは憂鬱だった。
「はぁ・・・・・・」
窓から差し込む光に顔をしかめながら、ジュリはため息をついた。
コードBの一員になって3年。これは、ジュリが一人暮らしをした年月になる。わずか10歳のジュリが一人暮らしをしているのは悪魔のせいだ。そう、全ては悪魔のせい。
ジュリが7歳の時、事件は起こった。父と母、そしてジュリの三人で遊園地に行った帰りのことだった。三人は、悪魔に襲われた。コードBが来てくれ、なんとかジュリだけが助かったが、父と母はジュリをかばって死んだ。
「また、あのゆめ・・・・・・」
父と母がジュリをかばって悪魔に切りつけられる夢を、ジュリは毎晩のように見ていた。
「パパ・・・・・・ママ・・・・・・」
そう呟いても、返事はない。一人で使うには、あまりにも広すぎる家にジュリの声だけが響いた。
「ひとりはもういやだよ・・・・・・!」
親を悪魔に殺されたジュリは、隊長に頼んでコードBの一員になった。三年間、修行を積み重ねていったジュリはめきめきと実力をつけ、わずか10歳にしてコードBで一番の腕前を持つほどにまで成長した。
もともと素質があったという事もあったが、それだけではなく、並々ならない努力のおかげという所が大きかった。だが、いくらコードBで一番の腕前を持つほどに成長したからといっても、しょせんは10歳。親に甘えたい年頃の普通の女の子である。
ジュリは行くあてなどなかったが、外をぶらつく事にした。
外は、沢山の人でにぎわっている。ジュリの住む家は裕福な家庭のエリアだ。その為、すれ違う人みんなが幸せそうな顔をしている。なんだか余計に一人という事を実感してきたジュリは早歩きで歩いた。
気がつくとジュリは、ある公園に来ていた。
「あ・・・・・・ここって・・・・・・」
ジュリは昔、大好きだった父と母から聞かされた事を思い出した。
『ここの公園の大きな樹はね、なんでも願いを叶えてくれる神様がいるんだよ』
ジュリはその大きな樹がある所まで歩いて行った。
暫らく歩くと、他の樹とは比べ物にならないほどの大きな樹がジュリの目の前に現れた。
ジュリは大きな樹をまっすぐ見つめて、心の中で叫んだ。
(パパとママをいきかえらせて!)
だが、大きな樹からはなにも返事はない。
ジュリの手はギュッと握られ、プルプルと震えている。小さな体が、しだいに揺れてくる。大きな目からは、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。
(ひとりぼっちはいや・・・・・・! もう、ひとりはいや! おねがいだから、ひとりにしないで!)
ジュリの頬に、雫が流れた。だが、相変わらず、樹はなにも答えない。
「・・・・・・」
洋服の袖で、ジュリは目をゴシゴシと拭いた。
(かえろう・・・・・・)
そう思って樹に背中を向けた時だった。ブワッと強い風が吹いた。
「えっ!?」
あまりの風の強さに、ジュリは振り向いて樹を見た。まるで、樹が返事をしたかのようだったから。
ジュリはそこで初めて、周りがざわついている事に気づいた。
(なに・・・・・・?)
ジュリからしたら、樹の反対側。あまりにも樹が大きくて気づかなかったが、いつの間にかたくさんの人だかりが出来ている。
ジュリが急いでその人だかりの方へ行くと、少年の声が聞こえた。
「大きな樹の神様、このままでは、家もおいだされてしまいます! どうかおねがいです! オレをはたらかせてください!」
周りの人達は、そんな少年を見てクスクスと笑っていた。だけど、少年は気にもとめず続ける。
「大きな樹の神様」
「っるせ――んだよ、クソガキ!」
大きな声でお願いをする少年を、なにやら若い男が殴りつけていた。それでも少年は続けた。
「おねがいします! オレに、はたらかせて」
―――バキッ
という鈍い音と共に、少年は地面に叩きつけられた。
「ここはな、テメーみてーな貧乏人の来る所じゃねーんだよ!」
あろうことか、若い男は少年にそんな事まで言い放った。そんな光景を見ても、少年に手を差し伸べる人は誰一人としていない。
「ちょっと!」
ジュリが止めに行こうとしたが、小さなジュリの体は野次馬でたかる大人のせいで、少年に近づけないでいた。
どんなに殴られても、それでも少年は叫ぶことをやめなかった。
「大きな樹のかみさま! おねがいです! オレをはたらかせてください! おねがいします! はたらかせて下さい!」
そんな同じ事を叫び続ける少年に、少年を殴った男は嫌な顔をして去っていった。周りにいた大人達も、みんな一斉に去っていった。
「大きな樹の・・・・・・」
少年は、地面にひざを着けながらも、うわ言のようにまだ樹にお願いしていた。
そんな少年に近づき、ジュリは言った。
「やとってあげようか?」
「えっ・・・」
一瞬、少年の目が輝いた。だが、ジュリを見ると、少年は明らかに落胆の顔をした。
「はたらきたいんでしょ? ・・・わたしがやとってあげる」
「バカにするなよ。お前、オレと年が変わらねーじゃねーか。オレには、お金がいっぱい、いっぱいひつようなんだ」
どうやら少年は、金持ちの子供にバカにされていると思っているようだった。
確かに、普通の子供が人を雇うなんて言ってもバカにしてるとしか思わないだろう。しかし、ジュリは違った。コードBで働き、たくさんのお金がある。
(どれぐらいお金がひつようなんだろう?)
ジュリは聞いた。
「バ、バカになんかしてないわよ! いっぱいって・・・・・・そんなに高いの?」
「・・・・・・高いさ、8万はひつようなんだ。だからお前には――」
「なーんだ、たったの8万? びっくりして損したわ」
「・・・・・・え? た、たったのって、お前、はらえるのか!?」
ジュリにしてみれば、それぐらい簡単な事だった。
「当たり前よ―――」
と、続けようとして、言葉に詰まった。
コードBで働いている事。そもそもコードBのこと事態、秘密のことだったから。
「わ、わたしのパパは金持ちなのよ!」
とっさにウソをついた。
「パパにおねがいすれば8万なんて―――」
「本当に!?」
「えっ?」
「本当に、いいのか!?」
「え、ええ。本当よ。って、だから聞きなさいよ! わたしのパパはスゴイ―――」
「やった、信じられない! 奇跡だ! 神様って、本当に居たんだ!! ありがとう! 本当にありがとう! オレ、なんでもするよ!」
「だからわたしの話しを――って・・・・・・まぁいいか。フフフ」
一人ぼっちだったジュリに、急に使用人が出来た。
これは神様のおかげなのか・・・・・・?
よくはわからないが、すくなくとも一人ぼっちじゃなくなった。
その少年の名前は・・・・・・
「オレは、藤原イツキ! おま―――キミは?」
「鳴神ジュリよ」
この日、神様は二人の願いを叶えた。