藤原イツキという少年の日常
読んでくれていた方へ・・・
「一話」と、投稿していたものを、「藤原イツキという少年の日常」
から「コードB」まで分けました。
時は西暦2112年。今から五十年前、日本にはまたバブルが訪れた。
経済を取り戻し、科学や医療の発展も進んだ日本国は、豊かになっているように見え
た。だが、裕福な家庭と貧しい家庭の差は激しかった。
裕福な家庭の子供達が綺麗な学校で新品のパソコンを使い、恵まれた学校生活を送っ
ているのに対し、貧しい家庭の子供達は学校に通うこともままならず、家族の手伝いや
仕事をしてどうにか日々を過ごしていた。
「母さん、オレ行ってくるよ」
イツキは準備を済ませると、ベットで横になる母親に声を掛けた。
「あら、もうそんな時間?」
「うん。もうそろそろ出ないと遅刻しちゃうから」
だが、イツキは学校に行くわけではない。
「いつもいつも、ごめんね。イツキ」
「いいって」
「おにー、もういっちゃうの?」
小さな声で話していたつもりだったが、別の部屋で寝ていた妹のモモが、目をこすり
ながら話しかけてきた。
モモはどこか寂しげな表情でイツキにしがみ付くと、
「またかえってくる?」
「ああ、また帰ってくるよ」
「ほんとう?」
「本当だよ。だからモモ、お母さんの事よろしくな」
「・・・うん、わかったぁ」
「んじゃ、もう行くよ」
「気をつけるのよ」
「おにー、いってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
イツキは学校に行くわけではない。イツキは仕事に行く為に、家を出た。貧しい家庭
に育つイツキも、毎日仕事をしながら生活を送っている一人だった。
イツキの母親は持病の心臓が悪くなり、四年前から寝たきりだ。父親は、母親の心臓
が悪くなると急に行方不明になってしまった。妹のモモは、4歳になったばかり。その
為、イツキの暮らす藤原家では、14歳のイツキが一家を支える大黒柱の様なものだ。
時刻は朝の八時。イツキは今日も学校ではなく、仕事に行く為、家を出た。これが彼
の日課であり、日常だから。
イツキの住む家は、三人で住むには十分な一軒家だ。14歳のイツキが働かないとい
けないほど貧しい藤原家がそこに住めるのも、イツキのやっている仕事が理由だった。
小さな建物が続く、あまり人通りの少ないイツキの住む家から少し歩くと、街の建物
は段々と豪華な家が立ち並ぶ。その大きな建物の中にある、ひときわ大きな家に着くと
イツキは手馴れたように家のロックを解除して、家のドアを開けた。
「こらイツキ! 遅いじゃない! 遅刻よ、ちーこーくー!」
イツキを見るなり怒鳴りつけたのは、イツキの働くこの家の主人、鳴神ジュリ(なる
かみじゅり)だった。
どこで聞いても彼女のものだと分かるその声はよく通り、パッチリ二重の大きな目が
可愛い顔に似合わないお腹を空かせた猛獣のような輝きを放ちながら、イツキを睨みつ
ける。これから学校に行くという彼女の短い制服のスカートからのぞく、細く綺麗な足
が、短いスカートを履いている事を忘れているかのように大きく開かれている。
「・・・って言われてもよージュリ、今日も時間通りに着いたんだけど・・・」
「なにが時間通りよ! 三十秒の遅刻よ!」
「三十秒・・・ね・・・」
「・・・」
「・・・」
「な、なによ! ち、遅刻は遅刻なのよ!」
「・・・へいへい、わかりました~」
「ちょっ、なによそのやる気のない態度は!」
短い沈黙の後、ジュリは何故か顔を赤らめながら、フンッと鼻をならしてリビングの
ソファーに腰を下ろした。
「ったく。なんなんだよ、毎回毎回・・・」
ヒステリー女め―――ボソッとイツキはそう漏らすと、仕事場に着いたイツキは着替
える為に、自分の部屋に向かった。
イツキと同い年のジュリは金持ちの娘らしく、親に家を買って貰い、近くにあるエス
カレーター式のお嬢様学校に通っているらしい。
「それにしても・・・だんだん酷くなってる気がするんだよなー・・・」
あまり綺麗とはいえない洋服を脱ぎ捨て、イツキは準備しておいたクリーニング済み
(仕事着)のスーツに身を包みながら一人でつぶやく。
酷くなっているとは、今朝のジュリの態度。
イツキは、平日の月曜日から金曜日までジュリの家で住み込みの仕事をしている。仕
事の内容は、炊事に家事、ジュリの身の回りの世話などをする事。いわゆる『執事』の
ようなものだ。
初め、毎日住み込みで働けとジュリに言われたイツキだったが、母親が病気だと言う
事、唯一の元気な家族のモモはまだ4歳ということを説明して、なんとか土曜日と日曜
日は家に帰る事を了解してもらえた。
ジュリの家で働いて、初めての週だった。土曜日と日曜日に休みを貰い、月曜日に出
勤した日、ジュリは何故か機嫌が悪かった。最初の内は気のせいかとも思ったが、どう
も違うらしい。かといって、次の日からはケロッと機嫌が良くなっているのだ。
「ったく、月曜日はなにかあんのかよ・・・」
憂鬱になりながらも、髪をセットして、仕事着であるスーツのネクタイをキュッと締
めて、気合を入れる。
「イツキー、まだなのー!?」
「はい、はい、ただいま」
「早くしてよ、私はお腹が空いてるのよ!」
(・・・だから、なんでそんなに機嫌悪ぃんだよ・・・!)
心の中で叫んで、イツキはテキパキと朝食の準備を始める。材料は、先週の内に準備
していたので、後は盛りつけて焼くだけでいい。
少し厚めの食パンにバターとトマトケチャップを塗り、刻んでおいたピーマンをのせ
チーズを全体にちらしたら、これまた刻んでおいた玉ねぎとハムをのせてオーブントー
スターで7、8分焼く。
「やった! 今日はおとめ座、一位だ!」
(なにがそんなに嬉しいのやら・・・)
リビングでテレビを見ていたジュリは、占いを見て機嫌を良くしたようだった。
チンッ―――という軽快な音が響くと、イツキは焼きあがったピザトーストを取り出
し、パンを縦半分に切って、皿に盛り付けた。
「はい、できましたよー」
「あ、ピザトースト! イツキの作るピザトーストは美味しいのよね~」
「それはよかった」
「いっただっきま~す」
(良かった、なんとか機嫌治ったみたいだな。長いことこの仕事してると、わかってく
るもんだな~)
内心ホッとしながらイツキは朝食を食べるジュリの後ろに立った。
朝食を食べ終わったジュリは、「美味しかったー」と言って満足そうに伸びをすると
隣に置いてあった鞄を無造作に持った。
「それじゃ、行ってくるから」
「いってらっしゃいませ」
ジュリが出て行くのを見送り、玄関のドアが閉まったところでイツキはようやく一息
ついた。
「あー、今朝も無事終わったぜー!」
月曜日は何故か機嫌の悪いジュリの見送りという大仕事を済ませ、イツキはジュリの
使った食器を片付けるためリビングに向かった。
『2112年9月9日、今日最も運勢が悪いのは・・・』
テレビからは、さっきまでジュリが見ていた占いが流れていた。
「9月9日・・・・・・」
『ごめんなさ~い、やぎ座のあなたです』
「って、オレかよ・・・・・・あ、そうか・・・・・・」
そして、ふと思う。
「今日で、ちょうど4年か・・・」
イツキはジュリの家に平日は住み込みで働き、休日は家に帰るという事を、もう4年
も続けていた。
これが藤原イツキという少年の日常であり、彼の日課だ。