第十五章 母
それから、医師がいろいろと検査をしていた。後遺症などがないのは奇跡としか言いようがないみたいだ。だが、俺はそのことについては別段驚かなかった。あの一晩の奇跡みたいな奇跡があることを、俺はもう知っているからだ。
佳奈は次の日から一般病棟に移され、そこで俺はちゃんとした再会を果たすこととなった。
佳奈の病室に足を踏み入れ
「よう…」
急に気恥ずかしくなりぶっきらぼうに言う。佳奈はそんな俺がおかしかったのかクスクス笑う。
「信二君、覚えていてくれてたんだね。絶対に無理だと思ってたのに。」
「いや、最初は忘れてたんだ。」
俺は正直に言う。
「でも思い出してくれた。それだけで十分だよ。ありがとう。」
「ああ。」
なんでだ?佳奈のことを直視できない。なんなんだ、この気持ちは。
「私ね、信二君のお母さんに助けられたんだ。でね、その時にお母さんから伝言を預かってるから、言うね。」
信 二、お前を育てることなく、消えていった母を許して下さい。お前は私の死のことを1人で抱えているようですけど、お前の周りには頼りになる人がいっぱいい るはずです。頼ることは罪ではありません。人は1人では生きていけないのだから。だから、人に助けてもらいなさい。そして、人を助けなさい。そうやって生 きていきなさい。本当はこういう事をお前を育てながら教えていきたかった。本当にごめんなさい。でも私はお前の母であることを誇りに思います。お前も私の 息子であることに誇りを持ってくれたら嬉しいです。私は、ここからお前の幸せを願っています。じいちゃんや、ばあちゃんと共にね。そして、いつかお前がこ こに来るときは、楽しい話をいっぱい聞かせて下さい。楽しみに待ってますから。その時まで、さようなら。愛しい息子よ。
俺は目から熱いものが流れるのを感じた。
「辛いときは頼ってもいいんだよ。嬉しいときは一緒に喜んであげる。だから、1人で泣かないで。」
佳奈が両手を広げてそう言ってくれた。俺は佳奈の胸の中で佳奈と2人で涙を流した。
20年間溜め込んできた黒い塊が涙を流すごとに、ゆっくりと溶けて流れ出ていくような感じがした。
「俺はな、お前と俺をあの夢で引き合わせてくれたのはお袋だったんじゃないかと思うんだ。」
思う存分泣いて、2人とも目を真っ赤に腫らして、病室から見える夕日を見ていた。
社長は今日から1週間、有休にするから、佳奈にずっとついていてやれと言ってくれた。
「私も、そう思ってた。信二くんのお母さん、とっても優しい感じの人だったよ。」
「そうか。」
長らくお袋のことを、考えることなんてなかった。いや、意図的に考えないようにしていたのかもしれない。
今度、佳奈と一緒にお袋の墓参りに行こう。そして、ありがとうって言おう。俺はそう誓い、面会時間が過ぎたので病室を後にした。




