第十三章 世界の狭間
突然辺りが眩しく光ったと思うと、そこに信二君の姿はもうなかった。
「あーあ、いっちゃった。」
でも、これでいいんだよね。最後の最後に楽しい夢が見られて良かった。私も、もう行かなきゃ。
私は歩き始めた。今からいける所が天国なのか地獄なのかわからない。
「天国だったらいいのになー。でも悪いことしてないし、天国だよね、絶対。」
どれくらい歩いただろうか、東の空は明るくなったもののまだ明けていない。
いくらか歩くと前方に女性の姿が見えた。
「あの人が案内してくれるのかな。」
女性は私の方へ向かい歩いてきた。
「あなたは…あなたは、まだこちらに来てはなりません。」
近くで見て、私は直感的に気づいた。この人は、信二君のお母さんだ。
「あなたは生きて、息子を救ってあげてください。あの子は私に似て馬鹿だから、私の死をまだ一人で抱えているんでしょう。そんなあの子だから、あなたが必要なんです。唯一あの子が自分のことを打ち明けられた、あなたが。」
「おばさん、でも私、生まれてきちゃダメな子だったんだよ。もし死ねなかったら、またお母さんに迷惑かけちゃう。だから行かせて。」
おばさんはそんな私にゆっくり微笑んだ。
「あ なたも、信二に似て馬鹿な子ですね。母というのは我が子の幸せが何よりも幸せなのですよ。どんなあなたでも、この世に生まれてきて欲しい、そう願ったから こそ、あなたは生まれてきたのですよ。それを生まれてきちゃダメな子だったなんて言ったら、もし私があなたの母親ならひどく傷つきますよ。生きなさい、生 きて、あなたのお母さんに、生んでくれてありがとうって言ってあげなさい。」
その言葉を聞いて、私は自分でも気づかないうちに泣いていた。私はなんて馬鹿だったんだろう。そんな簡単なことに今まで気づかなかったなんて。それに、この人はなんて優しい人なんだろう、そんないろんな思いが混ざって大粒の涙が止まらなくなっていた。
「この道を逆に戻れば、あなたはきっと辿りつけます。あの子が、信二があなたを導いてくれるでしょう。ほら行きなさい。絶対に振り返ったらダメですよ。戻れなくなりますからね。」
「はい、ありがとうございます。」
それを言うとおばさんはにっこり笑って
「じゃあ、信二に伝言をお願いできるかしら。」
そう言って私に伝言を託した。私はおばさんに何度も何度も礼を言ってから、今来た道を再び戻り始めた。
さっきと道の感じが違う気がした。どうしても私を後ろに戻そうとしているのを感じた。立ち止まってしまったら、きっと二度と戻ることはできなくなるだろう。私は痺れてもう感覚のない足を引きずりながら懸命に歩いた。
ずっと長い時間歩いている気がする。歩き始めたのはいつだっただろう。数分前?それとも何ヶ月も前?それすらよくわからなくなっていた。私はひたすらに歩いていた。いつまでたっても辿り着かない。
「もうダメなのかな、だったら休んでもいいよね。もうこんなに頑張ったんだし。」
そう思い私が立ち止まろうとした時、遠くから優しい声が聞こえた。懐かしい言葉を大好きなあの人が口ずさんでいる声だった。
夢で会えたら手をつなごう。そこでの私は強いから、あなたに近づく勇気があります。
夢で会えたら遊びましょ、遊んで疲れて笑い合ったら、あなたと私は友達です。
「信二君、信二くんっ!!」
私は再び歩き始めていた。声のするほうへ、大好きなあの人のもとへ。
声が次第に大きくなっていく。信二君の声と一緒にお母さんの声もする。
「お母さん、信二くん!!」
私は足が痛いのも忘れて駆け出していた。すると突然辺りが眩しく光り始め、目を開けていられなくなった。




