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第3話「シン(伸二):ギルドカード——前世の軌跡」

 シンはギルドの扉を開けてマルタとリオを追った。


 扉を開けると、中は酒場のような空間だった。広い一階の半分がカウンターと掲示板、残りの半分がテーブル席になっていた。冒険者たちが酒を飲み、食事をし、掲示板の前で依頼書を眺めていた。昼間だが酒を飲んでいる者が多く、声が大きかった。笑い声、怒鳴り声が聞こえた。


 ——結華もこういう場所に来るだろうか。同じ日に転生したと、神は言った。同じ世界のどこかにいる。顔も名前も変えているかもしれない。あの子なら変える……かもしれない。俺から逃げるために。考えても仕方がない。まずはこの世界に足場を作る。情報を集める。探すのはそれからだ。


 シンは、マルタとリオのいる受付に向かった。


 カウンターの向こうに、栗色の髪を後ろで束ねた、成人しているかしていないかやや幼さを残す若い女性が立っていた。ギルドの制服を着て、胸元に紋章をつけていた。髪と同じ栗色をした目がよく動き、シンが近づくのを見て表情が明るくなった。


「いらっしゃいませ! 冒険者ギルドへようこそ。初めての方ですか? 今、こちらの方の対応中なので少々お待ちください」


 女性はマルタとリオの方に手をかざした。声が明るかった。場の空気を一瞬で和らげる類の声だ。


「あ……この方がさっき話した、ゴブリンを倒したシンさんです」


 マルタが説明をした。


「そうなんですね! 初めまして。エミリア・フォーレといいます」


 エミリアはにこやかに微笑んだ。


「シンだ」


 シンは短く返した。


「マルタさんから聞きましたが、ゴブリン三体を倒すなんてすごいですね。報酬を支払うので、ギルドカードと討伐証跡の鼻を出してください」


 エミリアは説明した。


「いや……どちらも持っていない」


 シンは少し目を伏せて答えた。


 ——身分証と、鼻……討伐証跡は鼻なのか……


「そうなんですか? 登録されますか? 共通の身分証にもなりますので便利ですよ」


 エミリアはカウンターの下に手を入れ書類を取り出した。


「頼む」


「それでは、お名前をフルネームで、あと利用している武器を教えてください」


「シン・タキシタ。剣だ」


 エミリアが手際よく羽ペンを走らせ始めていたが、名前を聞いて手を止めた。口の中で音を確かめるように唇が動いた。


「シン・タキ……シタ、さん。すみません、綴りを教えていただけますか?」


 シンが指先でカウンターに一文字ずつなぞった。エミリアがそれを目で追い、羽ペンを動かした。


「シン・タキシタさん、ですね。珍しいお名前ですが……どちらのご出身ですか?」


「遠くからだ。シンでいい」


 ——嘘はいっていない。


 エミリアは一瞬だけ目を上げた。それ以上は聞かなかった。


 ——遠くからという答えで察したのか、あるいはギルドの受付として踏み込まない判断をしたのか。


「ではシン・タキシタさんで登録しますね。初期ランクはFです。ランクはクエストの達成と実績に応じて上がっていきます」


「ランクはどこまである」


「F、E、D、C、B、A、S、SSの八段階です。Fが最初で、SSが最上位。Sランク以上は歴史に名が残るような方々ですね」


 書類の記入が進む間、シンはギルドの中を見回した。


 洞察力が勝手に動いていた。テーブル席の冒険者たちの装備。武器の種類。防具の質。傷の多さ。飲んでいる酒の量。声の大きさ。


 ——あの大柄な男。大剣を背負っている。装備は使い込まれているが手入れが雑だ。腕の傷跡は多い。実戦経験はあるが成長は止まっている。隣の小柄な女性。弓使い。指先にタコ。弦を引く手。装備は新しい。最近始めたか、あるいは装備を更新したばかり。奥の集団。四人パーティー。前衛二人、後衛二人。連携が取れている座り方をしている。視線の配り方が自然で、入口に背を向けている者がいない。こちらは相当やる。


 会社の会議室で人を観る時と、同じだった。観る対象が変わっただけだ。


「はい、登録完了です。こちらがギルドカードになります」


 エミリアが小さなカードを差し出した。受け取った。木製の薄い板に、文字が刻まれている。


 シン・タキシタ ランク:F 登録地:ラステル


「このカードを持っていれば身分証としても機能しますし、ステータスの確認もできます」


「ステータスの確認?」


「はい。カードに魔力を通すと、ご自身のステータスが表示されます。やり方は簡単で、カードを手に持って、身体の内側にある力を意識してみてください。最初は難しいかもしれませんが」


 シンはカードを手に持った。魔力。この世界にはそういうものがある。身体の内側にある力。


 目を閉じた。身体の中に意識を向けた。


 ——何かが、ある。


 シンは腹の底にある、微かな熱のようなものを感じていた。血液とは違う何かが、身体の中を循環している感覚だった。これまで気づかなかった感覚があった。


 ——いや、気づけなかった。新しい身体に新しい要素が組み込まれている。


 その熱を指先に集めようとした。不慣れだった。力の加減が分からない。蛇口を開けるような感覚で……少しだけ、指先に流した。


 カードが淡く光った。


 文字が浮かび上がった。


 ―――


 シン・タキシタ LV:2 ランク:F


 STR:C DEF:B SPD:D MND:A MAG:D DEX:C LUK:C HP:E MP:F


 スキル:【中級剣術 LV1】【洞察力 LV3】【隠蔽 LV2】【仲間思い LV1】


 ―――


「えっ……?」


 エミリアの声が裏返った。カウンターの向こうから身を乗り出して、シンのカードを覗き込んでいた。目が丸くなっていた。


「あの、シンさん……これ、ご自身のカードで間違いないですよね?」


「ああ。今、登録してもらったばかりだが……」


「LV2でこのステータスは……」


 しかしすぐに表情を整えた。プロの顔に戻った。


「失礼しました。ステータスの数値は個人差がありますので……」


「このステータスは高いのか」


「高いです。Fランク登録の冒険者のステータスではありません。LV2の段階でBランク帯の物理耐性(DEF)とAランク帯の魔法耐性(MND)を持っている方は正直、見たことがありません。正確に言うと、Cランク……いえ、Bランクの下限に近い数値です」


 エミリアの声が早くなっていた。


 シンは黙ってカードを見た。数字の意味を完全には理解できていなかった。しかしエミリアの反応から、異常な数値であることは分かった。


 転生者の初期ステータス。剣道五段の経験がDEFに。役員としての分析眼がMNDに。前世の四十五年が、数字として刻まれていた。


「それと……」


 エミリアの目がスキル一覧を追い、一つの項目で止まった。【隠蔽 LV2】。しかし何も言わなかった。視線だけがわずかに鋭くなり、すぐにいつもの表情に戻った。


「気になるスキルがあるのですが……仲間思い、というスキル。これは見たことがないスキルですね。特殊スキルでしょうか」


「俺にも詳しくは分からない」


 嘘ではなかった。「大切な者への想いが力となる」という説明しか知らない。神は詳細を教えなかった。


 エミリアが少し首を傾げたが、深くは追及しなかった。何かを確認するように、機械のようなものを操作していた。それからエミリアは顔を戻した。


「やはり前例がないスキルですね。特殊スキルは使っていくうちに詳細が分かることもあります。焦らず、ご自身のペースで」


「ああ」


「それからシンさん。一つだけ」


 エミリアの目が真剣になった。明るい受付嬢の顔の奥に、冒険者の命を預かっている人間の顔が覗いていた。


「ステータスが高いことと、冒険者として生き残れることは別です。実戦経験、判断力、仲間との連携……数字だけでは測れないものがたくさんあります。Fランクのクエストから始めて、この世界のことを少しずつ知ってください。無理をする人ほど、長く続きません」


 シンは少し間を置いた。


「……肝に銘じる」


「シンさん、早速簡単なクエストから受けられますか? ちょうど今マルタさんと薬草採取のクエストについて話をしていたところなんです」


「そうなのか?」


 シンはマルタの方を見た。リオが自分を見られたと思い、小さく手を振った。


「はい……ゴブリンが出たので危険ですが、薬草は必要なので」


 マルタが答えた。


 シンはリオの様子を見た。


 ——誰かがやらなければいけない。マルタが取りに行けば危険に遭う。リオを残すことになるかもしれない。


「わかった……受けよう」


 その言葉にマルタはほっと息を吐き、エミリアはシンを見つめにこやかに微笑んだ。シンはその様子を見た。


 ——初めての依頼。この笑顔を守るための……

 読んでいただきありがとうございます。

 自分の経験がスキルやステータスになるとしたらどうなるだろうなと考えながら書きました。

 皆さんはいかがでしょうか。

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― 新着の感想 ―
転生前の経験がステータスに反映されるってあまりない設定でいいですね。
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